14話 絢音の新たな挑戦


 坂木さんがあたしの連絡を待っている……。


 ゆずちゃんから水城さんがあたしを探していたという話を聞いて、阿崎とゆずちゃんと別れた後、あたしは祐太郎にある事を伝える。


「ねえ祐太郎。今日はちょっと、自分の部屋に帰ってもいいかな?」

「何か荷物を取りに行くのか?」

「そ、そんなとこ! 明日には帰って来るから」

「お、おう」


 地下鉄の駅の前で祐太郎と別れ、自分のマンションへ向かう。


 名刺の事とか、祐太郎にも話しておきたかったけど、これはあたしの問題であって、祐太郎には水城さんと会った事は話してないし、これで良かったはず。


 あたしは自分のマンションに帰るとすぐに、自室の本棚から自分の写真集を取り出して、その真ん中のページに挟まっていたあの名刺を取り出した。


 ……坂木真由美。

 坂木プロダクションの社長であり、ピース・ラバーズというグループの元アイドルで、あたしの憧れになった人。


 この人と、写真を撮ったあの日から、あたしはアイドルへ強い憧れを持つようになった。


 でも、あたしは祐太郎との今の生活を選んでこの名刺を写真集の中に挟んでおいたのだ。


「……電話、してみよう」


 芸能界復帰はしない。

 それだけはハッキリと伝えないといけないし、もしあたしが望む事を受け入れて貰えるなら、それをお願いしたい。

 電話番号を入れ終わり、緊張で震える手をグッと抑えて、スマホを耳元に近づける。


 あの坂木真由美と……電話ができるなんて。


『はい。坂木プロダクションの坂木真由美です』


 アイドル時代よりも少し低めの坂木さんの声が聞こえる。

 それだけで内心感動している自分がいるけど、あたしは今からお断りの電話をしなければならない。

 心を鬼にして、あたしは声が浮つかないように意識しながら話し始めた。


「き、綺羅星絢音です。水城さんから名刺を受け取り、お電話を」

『綺羅星絢音! 本当に⁈』

「え、は、はい」

『……まさか本当に電話をくれるなんて。水城も口下手な割にやるわね』


 電話に出た時の堅苦しさを感じさせない、現役の頃のような声。

 先に声を浮つかせたのは坂木さんの方だった。


『綺羅星絢音さん、電話してくれてありがとう。初めまして、坂木プロダクションの坂木真由美と申します』


 初めまして……か。

 やっぱり坂木さんは気づいてない、よね。


「……坂木さん、実はあたし、初めましてじゃないんです」

『え? お仕事で一緒になったっけ?』

「まだ坂木さんがアイドルだった頃に、都内で坂木さんを見かけた事があって、つい声をかけてしまって、その際に坂木さんから赤いカチューシャを」

『え⁈ あの時の子が綺羅星絢音⁈』


 電話口からガタガタっという、携帯を落としたような音がする。

 そんなに、驚かなくても……。


『ごめんごめん、衝撃的すぎてつい。そっかあの時の子が綺羅星絢音だったかー。この業界、何があるか分からないもんだよねー』


 坂木さん、声が大人になってるけど、やっぱり中身は現役時代と変わらない。


『まあ色々と積もる話はあるかもだけど、本題に入ろっか』

「本、題……」


 あたしはちょっと身構えて、坂木さんの説明を待つ。


『坂木プロダクションは綺羅星絢音の芸能界復帰のオファーをしたい』


 やっぱり、そうだよね……。


『と、言いたかったんだけど……聞いた話だと、芸能界復帰は考えてないとか?』

「え……は、はい。水城さんから聞きましたか?」

『まあそんな所。こちらとしては、水城とあなたを組ませてGenesistarsの二代巨頭が揃い踏み! っていうのをやりたかったんだけど、やっぱ無理かな?』

「……はい」


 坂木さんは『そっか』と言って、しばらく何も喋らなかった。


『業界に飽きちゃったとか?』

「そういう訳じゃなくて……あたしには、大切なものが出来て……」

『大切なもの?』

「……そ、それは、内緒なんで」

『ふーん、なるほどねぇ』


 坂木さんは勝手に納得した様子で言った。


『綺羅星ちゃん、今回は水城を使って接触なんかしてごめんね。うち、水城以外になかなか売れっ子が出てこなくて焦っててさ』

「そんな謝らないでください。坂木さんは今もあたしの憧れで、声をかけていただいただけでも光栄だったというか……それで一つだけ! 坂木さんにお願いがあって」


 あたしはとあるお願いを口にする。

 復帰のオファーを断った手前、都合が良すぎるのは承知の上だが、ダメ元であたしはお願いした。

 すると……。


『……うん、いいよ』

「本当ですか⁈」

『その代わり……私たちがその関係になる以上、綺羅星絢音だからって特別扱いはしない。それでも大丈夫?』


 坂木さんはあえて冷たい口調でそう言い放つ。


「大丈夫です。最初からそのつもりでお願いしているので」


 こうしてあたしの新しい挑戦が始まった。

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