12話 鬼の藍原登場⁈


 一旦昼休憩を挟む事になり、練習場の近くにあるベンチで昼食を摂ることになった俺たち。


「「うわ……」」


 珍しく阿崎と藍原の声が重なった。


 目の前に用意されたのは絢音のリュックから出て来た手に収まるサイズの長方形の弁当箱7つ。

 重箱7つじゃないだけ有難いと思った方がいいのかもしれないが……。


「祐太郎は3つ、ツルツルは2つ、あたしとゆずちゃんで1つずつで」

「なるほど、槇島の身体フィジカルが出来上がってたのはこれか……」


 阿崎は弁当を食いながら言う。


「あ、絢音ちゃん、凄いね……めっちゃ美味しい」

「ほんと? ありがとっ」


 阿崎にも藍原にも好評なようで、絢音は嬉しそうに笑顔で答える。

 ……で、俺は結局3つ食った。


「阿崎が3つで良かっただろ。俺より細いんだし」

「いいんだよ。俺は毎晩夜の営みで鍛えてるし」


 その場にいる全員がドン引いた。


「……えっとー、そ、それはそうと! 2人はこの後どんな練習するの?」


 藍原が気を遣って話を変えてくれる。


「あんまり考えてなかったな……阿崎は?」

「俺は槇島をボコれれば何でも」


 今日の阿崎はやけに俺でストレス解消したがるな……。


「良かったら、私が今からメニュー考えてあげようか」

「ゆずちゃん凄いっ、コーチみたい!」

「絢音ちゃんにも手伝って貰うからねー?」

「了解っ!」


 女子たちのゆるふわ空間。


「藍原さんのメニューなら喜んでやるぜ、な、槇島?」

「あ、あぁ」


 そう、ここまではゆるふわ……だった。


 ——1時間後。


「阿崎くんコース甘い! 槇島くんもこんなのでバテちゃ使い物にならないよ!」


 藍原が提案するから、てっきり優しめのフィジカルトレーニングとかかと思ったら、ガッツリダッシュトレーニング。


 ハーフウェイラインからゴールまでの距離をダッシュで往復して来て、反対側のゴール前に出されたパスをシュート。それを何本も繰り返しやらされている。


 ダッシュで戻って来てシュートまでを完結させるのは確かに良いトレーニングだが、2人の時にやると休む暇が全く……ない。


「槇島くんシュート外したから腕立て!」


 お、鬼だ……。


 俺だけじゃなく、さっきまで涼しい顔してた阿崎でさえだんだんと汗を流して来ている。


 すれ違い様に「藍原さん、鬼だろ」と言っていた。


「槇島くん休まなーい!」

「は、はいっ」


 いつの間にか敬語になってた。


 ✳︎✳︎


 藍原の特訓は夕方まで続き、終わった時にはいつの間にか芝の上に寝転びながら夕焼け空を見上げていた。


「祐太郎、大丈夫?」

「これが、大丈夫に、見えんのかよっ」

「あははっ! ゆずちゃんのトレーニングきつかったね?」

「あぁ……」


 その鬼コーチは、隣で阿崎とサッカーの話をしている。

 阿崎のやつすげーな。藍原のメニュー終わってもまだ話せる力が残ってるとは。

 阿崎との話が終わったからか、藍原がこちらへ来る。


「槇島くん、お疲れ様ー」

「鬼だろ……」

「これくらいしないと、お惚気さんは危機感覚えないと思ったから」

「お惚気さんって……。藍原って意外とイジワルな所あるよな?」

「でもこれで分かったでしょ? 槇島くん」

「分かったって……?」


「まだ槇島くんは、1軍でフル出場できる集中力は無いってこと」


 藍原はあえてなのか、厳しめな口調でそう言った。


「あまり阿崎くんを褒める気にはならないけど、阿崎くん、なんだかんだで枠外にシュートが飛ばなかったでしょ? 1軍で必要なのはただ走れる選手じゃなくて、走った上でクオリティを90%維持できる集中力なの」

「ゆずちゃん……でも、祐太郎は」

「いや、藍原の言う通りだ」


 俺は立ち上がると、絢音の方を向いた。


「絢音。今日はカッコ悪い俺ばっか見せてごめんな。でも……これが俺の現在地だ」

「祐太郎……」

「プロの世界は果てしなく遠い……でも、そんなの当たり前だ。天皇杯はプロ以上の能力を持った奴が勝つんじゃない。今の俺がプロを倒すから、ジャイアントキリングって言うんだ」


 多分、昔の俺だったらここで心が折れてたかもしれない。

 でも今は、違う。


「これから試合とかでもカッコ悪い所見せるかもだけど、応援してくれよ」

「祐太郎……っ!」


 絢音は人目を憚らず抱きついてくる。


「そーいう所がカッコいいのー!」

「あ、絢音っ。藍原の前だってのに、やめろって」

「やだー」


 俺たちが戯れていると、阿崎もこっちにやって来る。


「やれやれ。アツアツカップルは見てると目が腐るよなー? 藍原さん?」

「そ、そう、だね」

「……はぁ。おいハーレムヘタレ野郎の槇島! さっさとゴールの片付けして、飯いこーぜ! 今日は俺が奢る」

「お、マジかよ阿崎っ」

「ちょうど昨日、美味え焼肉屋の券を貰ったからさ。笹野さんと藍原さんも来るだろ?」

「うん! ゆずちゃん行こっ」

「え、う、うんっ」


 その後、片付けを終わらせた俺たちは、鬼トレの後の身体を癒しつつ、肉で腹を満たした。

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