11話 自主練開始と2人の女神
翌日。
珍しく絢音に起こされて目を覚ました俺は、朝支度を済ませて、大学のグラウンドに向かう。
今日の絢音は、ラフなトップスとショートパンツにスニーカーという動きやすそうなスタイルだった。
梅雨に差し掛かり蒸し暑くてじめっとしている事から、最近の絢音はマスクを外してメガネオンリーの変装になっていた。
「ボール出しとか何でもお手伝いするからね! あと、お弁当も作ってきたから」
絢音は俺以上に張り切っている。
ありがとな、と言って頭を撫でてやると、猫みたいに目を細めながらニヤけ顔になる。
こいつ、可愛いにも程があるだろ。
俺たちがいちゃつきながらグラウンドに入ると、ボールが足にインパクトした時に聞こえる鈍い音が聞こえる。
「……この重みのある音は」
そこには一人でボールを蹴っている阿崎の姿があった。
一人でボールを蹴る姿は、真剣そのもので、声をかけるなとでも言っているようなオーラがみなぎっている。
「ま、待たせてごめんな阿崎」
「……おー、槇島。遅かったなぁ」
阿崎は少し息を切らしながらリフティングでボールを肩に乗せるとそのままこっちに歩いて来た。
「さては朝から篠野さんといちゃついてたな?」
「あたしは佐々木だから。人の名前も覚えられないなんて、バカなんじゃないの?」
「……ふーん、この俺に口出しするとは」
「な、何よ」
「篠原さんの大切な槇島を寝取ってもやってもいいんだぜぇ」
何普通にキモい事言ってんだこいつ。
「だ、だめ! 祐太郎に手を出すなツルツル頭!」
「阿崎なんかの安い挑発に乗るなよ絢音。それに阿崎も……普通にキモいからやめろ」
「おい! 相棒に向かってキモいとは何だ!」
「相棒なら俺の彼女にちょっかい掛けんなよ」
絢音は俺の背中に隠れると、阿崎に向かって舌を出した。
それにしても、メガネだけでも意外とバレないものなんだな。
まあ阿崎は基本胸しか見てないし、グラドルとかにしか興味なさそうだからバレないだけか。
「クッ、お前ばっか幸せになりやがって……。つーか練習場に自分のオンナ連れ込んで黄色い声援浴びるとかずりぃぞ! こうなったら俺もとびっきりの美人を召喚してやる」
要らない所で躍起になった阿崎は、スマホを弄り始めた。
「どうでもいいから練習するぞ。絢音、早速だけど手伝ってもらってもいいか?」
「うんっ!」
俺たちはストレッチとランニングなどの準備を終わらせてから、ボール練に入った。
俺は自分の弱点でもあるドリブルに少しでも磨きをかけたい。
ハーフライン上から絢音にボールを出してもらって、先に回収した方が攻撃、回収されたら守備という1対1のトレーニングを繰り返す。
いつも通り、サッカーになると真面目な顔つきになる阿崎。
俺との1対1も一切手を抜く事なく、30本くらいやって、俺は一度も阿崎を抜く事ができなかった。
「どーした槇島? 佐々木さんの前でカッコつけられねえみたいだなぁ」
「……はぁ、はぁ」
「息上げてんじゃねぇよ。もう一本行くぞ」
阿崎は日頃のストレスもあるだろうが、本気で俺をボコボコにしてくる。
下手に手を抜かない。だから俺は、阿崎を信頼できる。
「祐太郎……」
固唾を呑んで見守ってくれる絢音。
悪いな絢音、カッコ悪りぃ姿ばっかで。
でも今は、カッコよくなるためにカッコ悪い自分を受け入れてる。
俺は努力するしかない。泥水啜って這い上がるしか無い……だからっ。
「絢音! もう一本!」
「うん」
絢音がハーフラインからボールをセンターサークルに向かって放り投げる。
俺はそのボールを視野に入れながら、センターサークルの真ん中で、がむしゃらに阿崎へ身体を当てに行く。
「……くっ」
阿崎の体勢が崩れたのを見逃さず、俺は右足のアウトサイドで絢音の放ったボールを右に流す。
阿崎は左に重心が傾いた事で、反応が遅れていた。
あとはゴールにぶち込むだけ。
いや、やけに背後の阿崎が静かな気がする。
これはおそらく——来るッ。
背後から芝を擦る音がする。
やっぱそうか。
「なっ」
阿崎が雑草を刈る鎌のようにスライディングを仕掛けて来るのを事前に察知した俺は、ボールをつま先で掬い上げることで難なくそれを躱し、そのまま無人のゴールにシュートをぶち込んだ。
「背後からボールだけ狙ったノーファウルのスライディング。読めたぜ阿崎」
「一回決めたくらいで調子乗んなよ槇島ぁ」
俺たちが睨み合っていたその時、遠くから何やら声が聞こえる。
「お待たせー」
「藍原⁈」
なんと藍原がサッカー部の赤いジャージ姿でグラウンドに現れたのだ。
「おっといけねぇ。ステイクールだ俺」
阿崎はサッカーの時の顔からいつものウザい顔に変わる。
「まさか……さっき言ってた、とびっきりの美人って」
「藍原さん以外に誰がいるんだ?」
前に諦めたとか言ってた癖に……懲りないやつめ。
「ごめんな藍原。こいつが自分勝手に呼び出しちゃったみたいで」
「ううん、全然大丈夫! わたしも暇してたし、絢音ちゃんもいるって聞いたから」
絢音と藍原は目を合わせて笑顔を見せる。
なんか前に見た時より二人が仲良くなって居るような気もするが……まあいいか。
「よし藍原さんも来た事だし、今から早めの昼メシ行こーぜ。俺、ホテルから直行だったから朝メシすら食べてねーんだよ」
「なら、絢音が弁当作ってきてくれたから、みんなで食べるか。いいよな絢音?」
「うん! あ、でもツルツルの分は無いかも」
「なんでだよ! 坊主差別やめろ!」
阿崎と絢音が睨み合ってる傍ら、藍原は困り顔で俺の肩をツンツンした。
「槇島くん、わたしが来ちゃったからお弁当足りないんじゃ」
「あぁ安心しろ藍原。絢音が作る3人分は大体7人分くらいだから」
「へ?」
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