10話 阿崎の手紙と明日の約束
深夜、絢音と俺が東京の部屋に戻って来ると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。
そういえば、阿崎が俺に渡したいものがあったとか言ってたな。
阿崎も色々と忙しいらしく、俺の部屋の郵便受けに入れておく、と言っていた。
郵便受けに他は何も入っていないことから察するに、これが阿崎の言っていた物なのだろう。
真っ白な封筒を開けると、中には同じく真っ白な便箋が入っていた。
この手紙の形状……前にも見た事がある。
「……やっぱり、岸原監督からだ」
「え⁈ このタイミングで⁈」
俺はその手紙に目を落とす。
『拝啓 槇島祐太郎殿。この間の試合、スタジアムの空気を一気に変える君の活躍を見て感動したよ。話は変わるが、その試合が終了した直後私の元にとある仕事の依頼が入った。しばらく君の試合を観に行けなくなるが、今度はお互い同じ高さから試合を見れると思う。この手紙はお前のとこの監督に預けておく。近いうちにまた会えるのを楽しみに待っている。 岸原』
村崎監督に預けておくってことは——この前の練習の後、俺が居残りの自主練練習しなかったから村崎監督が渡しそびれたのか。
それで阿崎に託した……と。
「何て書いてあったの? もしかしてプロのお誘い⁈」
「流石にそれはねーよ。ここに書いてあるのは、監督になるって話だった」
「ふーん。今どき手紙なんて逆にオシャレかも」
星神時代から年がら年中ボロっちいコートを着てるあの岸原監督が、まさか綺羅星絢音からオシャレと言われるとは……。
ちょうどそのタイミングで、阿崎から電話が掛かってくる。
「阿崎からだ。ちょっと電話してくる」
「りょーかい。あたしは先にお風呂入ってるね」
俺は頷いて、ベランダに出ると通話ボタンを押した。
『うぃーっす槇島ぁ。佐々本さんとのイチャラブ旅行は堪能できたかー?』
「イチャラブ旅行じゃねぇ。ただの帰省だ」
『んなこと言って、実家の子供部屋で彼女と子供らしくない行為しちゃったんじゃねーのか?』
「する訳ねーだろ。これ以上くだらない事言うなら切るぞ」
『おいおい! わざわざお前のマンションに手紙を届けてやったのに、お礼も無しかよ!』
「それは……あんがとな」
『東フロの岸原監督だっけか? その人からの手紙らしいな。中身は何だった?』
阿崎にしてはやけに真面目なトーンでそう聞いて来る。
「東フロの監督になるって話だけだった。別に俺がスカウトされたとかじゃない」
『そっか、なら良い。今お前がプロに抜かれたら俺の相棒が居なくなっちまうからな』
「……阿崎」
『なぁ相棒。ここだけの話、俺、大学出たら海外に行こうと思ってんだ。もし良かったら……俺と一緒に行かねーか』
告白にも似た阿崎の誘い。
相棒からそう言ってもらえるのは嬉しい限りだが、俺の答えは一つだった。
「悪りぃな阿崎。俺にはサッカーと同じくらい、絢音を守るっていう大切な役目があるんだ。無名で海外に行くには金が必要になるから、俺は日本でプロになるか、安定した職に就く事しか考えてない」
『……はあ。だよな』
「ごめんな」
『……だーもうっ! また振られちまった。藍原さんの次はお前かよ〜』
阿崎はおちゃらけた声に戻った。
「お前が先に海外行っててくれよ。俺はNリーグで結果残して、お前に追いつく」
『……言ったな?』
「あぁ。約束する」
その後もたわいもない会話をしながら、俺と阿崎は明日自主練をする約束を交わし、電話を切った。
ベランダから部屋に戻ると、窓際には絢音が立っていた。
「おわっ! 絢音⁈ 風呂に入ったんじゃ」
「ご、ごめん、全部聞いちゃった」
絢音は顔を赤らめ、両手の人差し指をツンツンしながら言う。
「じゃ、じゃあさっきの聞いて」
「……えへへ」
「はぁ……。盗み聞きすんなっていつも言ってんのに」
「ご、ごめん。阿崎と言いつつも浮気相手かもと思って」
「するわけないだろ?」
「そ、そうだよね? あはは」
絢音は変なところで心配性だから、今後も色々と気苦労が絶えないような……まぁそんなとこが好きなんだけど。
「明日阿崎と大学で自主練するけど、観に来るか?」
「あたしも行っていいの⁈」
「本来なら明日もお前とゆっくりする予定だったからな。ピクニック気分でいいからどうかな?」
「行く! 練習のお手伝いする!」
「ありがとな」
絢音は、撫でろと言わんばかりに俺に頭を擦り付けて来るので、俺は仕方なく頭を撫でた。
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