9話 絢音の料理と刺激
「佐々木さん料理上手だな! 恵里香の料理と同じくらい美味いよ」
「そうね。絢音ちゃんは良いお嫁さんになれるわ」
「もー、お父さんもお母さんも褒め上手なんですから〜」
「「…………」」
晩飯の一家団欒。
父さんと母さんは知らない——絢音は料理上手だが、その量がイカれてるという事実を。
俺と水羽だけは知ってる。
帰りのスーパーで平然と山のように食材を買う絢音の姿を。
「おにぃ、絢音ちゃん凄い手際良かったけど、量エグかったよね?」
俺の左隣に座る水羽は俺の右隣に座る絢音に聞かれないように、耳打ちしてくる。
「今日は5人もいるしいつもの3倍作りましたから、いっぱいおかわりしてくださいね?」
父さんは笑顔で頷いていた……冷蔵庫に山のような作り置きがある事を知らず。
数日はポテトサラダとシチューが食卓に並ぶと思っておけよ、父さん。
「それはそうと祐太郎、岸原さんが東フロの次の監督になるらしいな?」
「そうみたいだな……」
俺が浮かない顔をしていたからか、絢音が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「祐太郎にとってはチャンスなんじゃないの? だって岸原さん最近の祐太郎の試合は全部観にきてたんだし。プロに呼んでもらえるんじゃ」
「東フロには既に愛弟子の来田真琴がいる。俺を呼ぶわけない」
「来田って……前に貸してくれたユニフォームの選手?」
「そうだ」
東京フロンティアの絶対的エース・来田真琴は高校時代に岸原監督の下で御白鷹斗と一緒に全国制覇を成し遂げた天才。
そして、俺が憧れたFW……。
「それなら祐太郎。お前がやる事は分かってるな?」
父さんにそう発破をかけられた俺は、頷いて絢音の方を向く。
「絢音すまん。もう少しゆっくりしたいかもしれないが、明日の朝には東京へ帰りたい」
「……はぁ。そう言うと思ったから」
絢音はそう言いながらスマホの画面をこちらに向ける。
「今日の今夜のバス取っておいた。朝から自主練行きたいんでしょ?」
「絢音……っ」
家族の目を憚らずに抱きつきたい衝動に駆られたが、グッと我慢する。
「おにぃと絢音ちゃんもう熟練夫婦じゃん」
「お前もそれくらい通じ合える彼氏探せよ」
「女子校のあーしにそれ言うのマジ意地悪だし」
水羽は口先を尖らせていじけた。
「まあそういう事だから、父さん母さん。俺たち今夜帰るよ」
「おうよ」
「頑張ってね、ゆうちゃん」
俺は強く頷いた。
✳︎✳︎
たった1日だったが、ゆっくり出来て良かった。
準備を済ませた俺と絢音を駅まで父さんが送ってくれた。
絢音と俺が車から出ると、父さんが車の窓を開けて顔を出す。
「祐太郎……天皇杯の3回戦まで行けば岸原さんと戦うことになる……勝って恩返ししろよ」
「ああ。俺は岸原監督を……東京フロンティアをぶっ倒してくる」
父さんは絢音と俺の方に手を振ってから再び車を走らせた。
父さん、シチューとポテトサラダもよろしくな。
「祐太郎、もうすぐバス来るよ?」
「久しぶりの山梨ともここでお別れか……」
「ゆったりしてて、良かったよね……二人でぶどう園、ありかも」
「は?」
俺と絢音は高速バスに乗り込む。
次帰るのは夏休みとかになるだろうか。
水羽のインハイ予選も観に行ってやりたいが、なかなか行けそうにもないな。
山梨……か。
「……そういえば俺たち、何で実家に行く事になったんだっけ」
「え………?」
自分でも全く意識してなかったが、俺がふとそう呟くと、絢音が目を見開いていた。
「「あ」」
俺と絢音の声が重なる。
「「同居の許可!!!」」
俺たちは同居の許可という肝心な忘れ物をして、東京に戻るのだった。
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