8話 山梨ぶらり——新たな敵の影
玄関で絢音を待っていると、慌ただしい足取りで絢音が玄関までやってきた。
「お待たせ〜」
いつものメガネをかけた絢音。白のトップスの上に薄茶色のカーディガンを羽織り、黒のデニムを履いていて、頭には黒のベレー帽を被っていた。
「ベレー帽可愛いな」
「でしょー? 水羽ちゃんが、自分には似合わないからってくれたのー」
いつの間にか妹と絢音の距離感が近くなっていることに嫉妬を覚えながらも、俺は絢音と家を出る。
「妹ちゃんにあたし取られそうで焦ってる?」
「……別に?」
「もー! 強がっちゃってー」
絢音は笑いながら俺の脇をツンツンしてくる。
「そういや今日はマスクしてないんだな?」
「段々暑くなって来たし、マスクしてると熱中症になるかもだしね。今日はベレー帽にメガネもかけてるし、大丈夫っ」
「確かに綺羅星絢音には見えないし、こんな所に居るとか思わないか」
甲府駅周辺は比較的栄えてるイメージがあるが、言っても田舎の部類に入るし、母さんもバレないくらいだからあまり気にしなくてもいいのかもしれない。
母さんという前例がある事がこんなにも心強いものになるとはな。
俺と絢音は家の近くにある甲府駅行きのバス停の前に
「ねーバスまだ来ないのー?」
「田舎のバスの本数を舐めるな。数十分は待つのが当たり前だからな?」
「ええー! じゃあタクシー拾おうよー!」
「少しは待てって。せっかちなんだから」
俺が絢音を宥めていたら、突然、俺たちの間を割って入ってくるように、シワのある手が伸びてくる。
誰かと思って背後を確認すると、シルバーカーを押しながら大きな麦わら帽子を被った見知らぬおばあちゃんだった。
「お若いお嬢さんだねぇ〜。バスを待つ時間、良かったらこのアメ舐めて〜?」
「え……」
「妹想いのお兄ちゃんだねぇ。大切にしなさいねぇ」
おばあちゃんはいちごアメを絢音に手渡すと、シルバーカーを押して、ゆっくり畑の方へ行ってしまった。
「ぷっ! 絢音、お前駄々こねる妹だと思われたぞ」
「もー! あたしお姉さんなのに!」
絢音は待ち時間も荒ぶっていた。
✳︎✳︎
甲府駅まで戻って来て、その周辺を2人でぶらぶらする……筈だったんだが。
「へーいおにぃ! テンションアゲで行こうぜー」
俺たちがバスを待っている間に、お邪魔虫が付いてきた。
KPOP女子みたいなヘソ出しトップスに革ジャンとミニスカという田舎者とは思えないファッションの妹。
「ねねっ絢音ちゃん! 今日カフェでパンケーキかますんしょ?」
「そだよー」
人がガラガラのバスの一番後ろの席に絢音を真ん中にして、3人で座る。
絢音が水羽と喋っている様子を横目で見ていたら、絢音がこっちを見て、分かってる、と言うと、急に手を繋いできた。
「ひゅー、熱々ぅ〜。ちなみにおにぃと絢音ちゃんってどこまで行ったん? もう色々シちゃってんの〜?」
「あんまり兄を揶揄うんじゃない。お前が期待してるような事は……」
俺が上手いこと流そうとしたのに、隣に座る絢音はなぜか顔を真っ赤にしていた。
「おい絢音、顔に出すな」
「出てないしっ!」
「へー。完全理解。ごめん、おにぃのこと舐めてたわ」
「違っいや、違くはないんだが……違くてだな!」
俺まで顔が熱くなってきた。
✳︎✳︎
バスが駅前のロータリーで停まる。
昼の甲府の街は相変わらずのんびりとしていた。
甲府の街は東京と違って高層ビルも、人の波も無いし、やっぱ落ち着く。
そこから別方向のバスに乗り換えて、絢音が行きたいと言っていたカフェに到着する。
観葉植物が多く置かれていて、自然の中にいるような雰囲気のあるオーガニックカフェ。
テラス席もあったので、俺たちはテラス席に座って自然の景色を見ながら食事する事にした。
絢音は真っ先にパンケーキを注文し、俺はハンバーグプレート、水羽は遠慮なく一番高いパフェを頼んでいた。
「おにぃ、ごち〜」
「こいつ……っ」
「あ、そだ。せっかくあーしがいるんだしぃおにぃと絢音ちゃんの写真撮ったげる」
水羽はガッチガチにデコられたスマホを取り出すと、カメラをこちらに向けて並んで座る俺たちの写真を撮った。
「今の写真あたしのlimeにも送って〜」
「おけおけ〜」
「はあ……」
限定パンケーキが届くと、絢音は写真を撮るのも忘れて一口食べると、むふぅ〜と舌鼓を打った。
「久しぶりのパンケーキ。幸せ」
小さめのパンケーキ3枚の上にミントの葉とキウイ、木苺と山梨のぶどうがふんだんに盛られたパンケーキ。
「これ米粉のパンケーキなんだって。どのフルーツも美味しいよ?」
テラス席で心地の良い風を浴びながら自然を見て食べるパンケーキを絢音は満喫していた。
「祐太郎も、あーん」
「は、恥ずかしいことすんなって」
「もぉ、水羽ちゃんがいない時は、文句言わないくせにー」
「え、そーなん? おにぃ甘えんぼ〜」
クソっ。さっきから俺ばっかり恥をかいているような……。
俺は"仕方なく"絢音からパンケーキを食べさせて貰う。
「……美味いなこれ」
絢音に散々カフェへ連れ回されて、無駄に舌が肥えている俺だが、このパンケーキは別格に美味いと思った。
生地にしつこさが無くもっちりとしていて、一緒に食べる新鮮なフルーツの果汁と相性ばっちりだ。
フルーツを引き立てつつ、パンケーキ自体も主張してくる、まるで阿崎のような……。
脳内にあのウザい顔が出てくる。
「いや、ないな」
「ねえねえ、おにぃたちこの後どうすんの?」
「カフェでまた決めようって話してたんだが、絢音は行きたい所とかあるか?」
「武田神社に行きたいっ! 祐太郎のためにも勝運上げてもらわないとっ」
「武田神社か……いいな」
武田信玄を祀ってる武田神社は、俺も中学の時に何度も言った思い出がある。
勝運とか金運のご利益があるとされているし、天皇杯の2回戦も近いからお力添えをいただかないとな。
「水羽もインハイ近いんだから来いよ」
「えー、神社かぁ。帰りにカラオケ寄っていいなら行くー。絢音ちゃんと歌いたいし」
「うんっ、いいよ」
「っしゃぁ!」
水羽のやつ、最初からそれ目的で付いてきたな?
その後、俺たちは武田神社まで移動する。
神橋を渡り階段を上り切ると、目の前に現れた武田神社の鳥居の前で一礼して入る。
「実はアイドル時代にロケでここに寄った事があってね? 祐太郎の勝運上げるためにも、山梨に行くなら絶対寄りたいって思ってたの」
「そうだったのか……絢音のことだからパンケーキしか頭に無いと思ってた」
「ぱ、パンケーキよりも……祐太郎の事の方が考えてるし!」
「どーだか」
俺たちの会話を後ろで聞いていた水羽が足を止める。
「甘々カップルすぎて、さっき食べたパフェ出そう」
「甘々カップルじゃねーよ」
「自覚ないのがさらに腹立って吐きそう」
「ごめんね水羽ちゃん。気をつける」
「お、お構いなく、もっとやって」
「どっちなんだよ」
特に休日でも無いからか、そこまで人が多く無かったので、すぐに参拝することができた。
✳︎✳︎
参拝を済ませた後、水羽のリクエストでカラオケに寄り、絢音と水羽はGenesistarsの曲を何曲も2人で歌っていた。
そんな感じで、散々歌ってはしゃいでいた水羽と絢音は帰りのバスで疲れて寝ていた。
今日は子ども2人のお守りをさせられた気分だったな。
ここ最近は都会のビルを見上げてばかりだったから、こういうのも悪く無い。
2人が寝ているので、暇になった俺は、バスの前方にある電光掲示板をぼーっと眺めていた。
『次は…………』
やべ、俺もウトウトしてきた。
うたた寝でガクッとなったが、俺は目を擦って、瞬きをする。
俺まで寝ちまったら終点まで行く羽目になっちまう。
そう思い、再び電光掲示板に目を向けた瞬間だった。
『東京フロンティア、監督解任決断』
「……っ⁈」
電光掲示板の横に流れて行く文字の内容が、次の停車駅からニュースに切り替わった瞬間だった。
監督解任⁈
『監督代行として——』
俺はもう一度目を擦って、その文字を読む。
『監督代行として——強化部の岸原氏が就任する見込み』
「え……」
✳︎✳︎
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