5話 元アイドル同士の会話
帰ってきて早々に、絢音がアイドルだったことを明かしたり、母さんの曝露大会をしていたら夜が更けていった。
その後母さんと絢音は元アイドル同士で話がしたいらしく、2人で離れにある和室の方へ行ってしまった。
まさかあの母さんがアイドルだったなんてな……。
自分の母親がステージでキャピってる写真を見るのはちょっとアレだが……一応、母さんのこの時代があったから俺が生まれたんだし、文句を言うのは野暮ってもんか。
「いやぁ、笑ったら喉渇いたな。水羽、ビール持って来てくれ」
「おけー」
リビングに残された俺と父さんと水羽。
父さんに言われて缶ビールを持ってきた水羽は、ついでに缶のオレンジジュースと、自分と俺用のコップを持ってきてくれた。
「さ、みんなで乾杯するし」
父さんは缶ビール、俺と水羽はコップに注いだオレンジジュースを持って乾杯する。
実家で俺たち3人が話す事と言ったら専らサッカーの話だ。
「祐太郎ぉ、この前の天皇杯のゴールはギリギリオフサイドだったろ? VAR無くて良かったな」
「うるせー。言っとくけどあのゴールが無かったら今ここにいねえからな」
「ははっ冗談だ。しかしプロ相手に見事な裏抜けだったぞ」
父さんはそう言った後ビールを呷る。
「俺より水羽の方はどうなんだ? お前が入った女子校って女子サッカーの全国常連校なんだろ? 今年もインハイ行けそうなのか?」
「まあねっ。それにあーしもインハイのメンバーに入れたし!」
水羽は(ギャルだけど)よくできた妹だ。
昔、俺と一緒に地元のスポーツ少年団でサッカーしていたことがあったが、その頃から男子に当たり負けしない強い体幹とフィジカルを持っていた。
その体の強さを生かしたボール奪取力と、フィールド全体を把握する能力は間違いなく俺以上にある。
「いつかあーしが守っておにぃが決める。そんなサッカーやりたいね」
「だな。俺がプロになって、引退試合とか開けるくらい有名になったらやるってのはどうだ?」
「いーねいーね! おにぃ、早くプロになってよー」
「あ、あぁ。任せとけ」
つい妹の前では強がっちまう、これも兄の性ってやつなのかな。
そりゃプロになりたいけど……。
「祐太郎ぉ、もしプロ入るならN1のドーベル兵庫とかにしとけよ。金満チーム入れば父さんと母さんは助かるぜー」
「はぁ? 目指すなら東フロ1択に決まってんだろ」
「東フロぉ? あーダメダメ。東フロの時代は終わった。今4連敗中だし」
「そーだよおにぃ。いい加減、東フロサポやめなよ」
こ、こいつら……。
2人がやけに攻撃的なのは、水羽と父さんが地元のプロサッカーチーム、ヴォルカーノ甲府のサポーターで東フロアンチだからだ。
「東フロの外国人監督。そろそろ切られるかもなぁ、次は誰がやるんだか」
そういや最近は自分のことでいっぱいいっぱいだったが、東京フロンティアは4連敗でN2降格圏にいる。
開幕ダッシュに失敗したし、監督就任3年目でこの結果だと、今の監督が変わる可能性も確かにあるな……。
「天皇杯3回戦まで行けば祐太郎の高東とあの東フロがやるかもしれないと思っていたが……。今の東フロじゃ2回戦で負けちまうかもなぁ! があははっ」
家族内で応援するチームが違うと容赦ない煽り合いが日常茶飯事で、その度に喧嘩するのだが、まぁ今の東フロじゃ、何言われても反論できない。
はぁ……岸原さん、東フロの強化部なんだから強くしてくださいよ……。
✳︎✳︎
あたしは祐太郎のお母さんと2人で主屋の後ろにあった離れの家にある和室へと案内された。
畳張りの一室に、敷かれた座布団の上に正座して辺りを見渡す。
「ここは前の人が住んでいたお家でね、さっきまでいた主屋は大作さんが建てた家で」
「前の人……? ぶどう園は祐太郎のお祖父様から継がれたのではないんですか?」
「うん、このぶどう園は後継者がいなかったところを、赤の他人だった大作さんと私が引き継いだの。私も大作さんも都会の生まれだったから、どこか身を隠せる静かな場所を探していたから」
「身を隠すため……。大変だったんですね」
「引退後はどうしても狙われちゃうから。絢音ちゃんもそうだったでしょ?」
「……ですね」
あたしも引退後は熱りが冷めるまで1年間海外へ出たし、あそこで日本に居続けてたら、今ここに居なかったかもしれない。
「絢音ちゃん。さっきは祐太郎にあなたを守れ、だなんて強気で言っちゃったけど、あの子にも限界があると思うの。だから大学卒業後は、ゆーちゃんと一緒にここで働かない?」
「このぶどう園で……祐太郎と?」
「うん。いずれそうなるだろうし、早い方がいいと思うから」
ゆ、祐太郎と一緒にぶどうを作りながら山梨でスローライフ……。
あたしの脳内に突然浮かんだ妄想。
作業着姿の祐太郎とあたしは、手を取り合いながら、1年かけてぶどうを作り上げる日々を送っていた。
そして、ついにできた瑞々しいぶどうを2人で見上げながら、こう話す。
『絢音……これが俺たちの作ったぶどうだ』
『うんっ。最初はどうなるかと思ったけど、ちゃんと作れて良かったね?』
『……おう。そうだな』
『祐太郎?』
『あ、あのさ……ぶどうもいいけど、そろそろ俺たちはあっちも……頑張らないといけねえかなって』
祐太郎はちょっと恥じらいながら、ぶどうを手に取り呟く。
あっちって……そういうこと、だよね。
『こ、今夜、どうだ?』
『うん……優しく、してね』
「はぁ〜〜良すぎ」
「あ、絢音ちゃん? 口開いてるけど」
「ひゃっ! す、すみません!」
お母さんは苦笑しながらあたしを呼び戻してくれた。
やばい、若干引かれたかも……っ。
「それでどうかな? 絢音ちゃん」
「お母さん、有り難いお話ですが……今のあたしには決められません。あたしは、今もこれからも祐太郎が進む道を尊重します」
「……そうね。将来のことを話すには早計すぎたかしらね」
「い、いえ……理由は他にもあって」
「他にも?」
「実はあたし、何か新しいことを始めようかなって思ってて」
「新しいことって、芸能界に復帰するとかじゃないってことよね?」
「復帰は絶対に無いですけど、新しい道を模索したいというか……祐太郎があんなに頑張ってて、あたしを守ってくれてるのに、家事をして応援してるだけなんて……。あたしの方がお姉さんなのに格好がつかないですから!」
そう、あたしは祐太郎よりお姉さんなんだから、もっと祐太郎を引っ張っていかないと。
「ふふっ。ゆうちゃんもいいお嫁さん貰ったわねぇ……」
「そ、そんな、こと、ないです」
お嫁さん……っ!
もし自分に尻尾があったら、プルプル振ってしまうそうなほど嬉しかった。
「あっやねちゃーん! あーしと一緒にお風呂入るしー!」
急に和室の襖がパシャっと開け放たれ、廊下から水羽ちゃんが顔を出した。
「こら水羽! 大切なお話をしてるのに入って来ないの!」
「えー? でも1番風呂じゃないとパパの後風呂になっちゃうし」
「それは絶対にダメね。ゆーちゃんの大切な彼女さんを大作さんの後に入れるなんて可哀想よ」
「お、お父さん聞いたら泣きますよそれ」
あたしは水羽ちゃんに手を引かれてお風呂に向かった。
✳︎✳︎
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