4話 絢音の告白——母の真実


 リビングのテーブルに5人で囲むようにして椅子に座る。

 俺たち2人が並んで座り、反対側に母さんと父さん、水羽の3人が座る。


「……で、祐太郎。話ってのは?」


 さて、何から話せばいいのやら。


「あ、絢音のことなんだけど」


 隣に座る絢音に目配せすると、絢音は小さく頷き、椅子から立ち上がった。


「実はあたし……」


 3人が絢音の方を凝視する。


「3年前まで“アイドル”だったんです。綺羅星絢音って言う名前で、アイドル活動してました」


 天井の白熱電球の暖かい光とは反対に、場の空気は一瞬で凍った。


「え……? や、やけに似てるとは思ってたけど、姉さんマジで綺羅星絢音なんすか⁈」


 水羽がテンション爆上がりで絢音の手を掴む傍ら、父さんと母さんは表情を一切変えずに絢音の方を見ていた。


「やっべー! おにぃの彼女が元アイドルとか! それもあの綺羅星絢音とかぱねぇじゃん! ……って、あれ? パパとママはなんでそんな硬い顔してんの?」


 少しは空気を読んでくれ妹よ。

 親からしたら、息子が突然連れてきた彼女が元芸能人だったらそりゃこうなる。


 2人とも明るい性格だから驚きで腰抜かして笑いで済む……だなんて浅い考えをしていた俺がバカだった。


「「…………」」


 昔から父さんも母さんも心配性で、俺が中学生の頃に東京フロンティアのJr.ユースに入って東京へ通うって言った時も心配していたくらいだ。


 確かに……綺羅星絢音と付き合うことは危険を伴う。そんなのデートの時に何度も経験してきた。


 どれだけ佐々木絢音に恋しても、絢音が綺羅星だった過去は消えることはない。

 2人のこの反応はそれを危惧しているからに違いない……と思う。


 こ、これじゃ同じ部屋に住むどころか付き合うことすら反対される雰囲気になってきたぞ。


 俺は気まずくなり、絢音の方に目を向ける。同じことを考えていたのか、絢音もこっちを困り顔で見ていた。


 ここは、俺がはっきり言わないと。


「父さん母さん。俺のことを心配してくれてるなら大丈夫だから。絢音は、確かに超が付くほどの元有名人で、周りから色んな目を向けられるかもしれない……でも、それでも俺は、絢音じゃないとダメっていうか。この前の天皇杯観てくれただろ? あの時のゴールも、絢音が俺を支えてくれたから生まれたゴールで」


 捲し立てるように俺が必死の説得を試みるが、2人の顔は崩れなかった。

 ……やっぱダメ、なのか。


「あ、あたしも祐太郎くんのこと……本気なんです! だから、お願いします! どうか、祐太郎くんと交際させてください」


 絢音はテーブルにおでこを擦り付ける勢いで深々と頭を下げる。

 俺もすぐに立ち上がり、同じように頭を下げた。


 ごめんな絢音……頭の硬い両親で。

 これでも許して貰えなかったらどうしたら……っ。


「あ、あははっ!」


 父さんが腹を抱えながら急に笑い出した。


「い、いやぁ、やっぱ父さん笑いを堪えるの無理だったわ」


 は? 笑い?


「祐太郎、水羽、あと佐々木さんも。今からいいモノを見せてやる」

「ちょ、パパ。いいモノってなんなん?」


 父さんは水羽の質問にニコッと答え、食器棚の一番下の段をゴソゴソと漁り、両手で持てるくらいの大きさの金庫を持ってきた。


 なんだよこの金庫……。食器棚の下にこんなのあったか?


 箱の金属部が錆びていて、少しカビ臭いその箱をテーブルの上に置くと父さんはキーを合わせ始めた。


「だ、大作さん!」

「恵里香。こうなった以上、話すしかなかろうに」


 今にも泣きそうなくらい顔を真っ赤にしている母さんを尻目に金庫を開ける父さん。

 ガチャッと言う数字がハマった音がして、金庫が開くと、父さんが俺たちの前に、一枚の写真? を置いた。


 それは、制服風の赤と黒のギンガムチェックの衣装を着ている眼鏡をかけた女性のブロマイドだった。


「こ、これ!」


 俺より先に絢音が反応を示す。


「そっか……じゃあお母さんは……っ」


 母さんは両手で自分の顔を覆いながら、「んー!!」と唸っている。


「ど、どういうことだ父さん?」


「祐太郎、水羽……ずっと黙ってたんだが——母さんも昔、"アイドル"だったんだ」




 は?




「大作さん! この事は墓場まで持っていくって約束したのに!」

「だってまさか祐太郎まで元アイドルの彼女を連れてくるとは思わなかったからさ」




 は?




「やっぱり、そうだったんですねお母さん。いえ、初代"フルフル"の眼鏡っ子キャプテン、富士野エリさん」

「なんで令和の女の子が私の名前を知って」

「フルフルはあたしがいたGenesistarsと同じ事務所で4代くらい前のアイドルグループなんです」

「お、おい、絢音。さっきからぷるぷるだかふるふるだか分からんが……なんだそれは」

「何年も前にFRUITY×FRUITYって言うアイドルグループがあったの。ファンからはフルフルの愛称で呼ばれていて、事務所の玄関にはフルフル人気メンバーの写真が貼ってあったから、祐太郎のお母さんの顔を見た時にどこかで見たお顔だな、ってずっと思ってて」

「は、恥ずかしい……今すぐ家出したい」


 絢音が淡々と説明する一方で、母さんのHPがどんどん減っていく。


 あの母さんが元アイドル、だなんて……全く知らなかった。

 都会生まれとは聞いてたけど……まさかそんな。

 水羽もポカンと口を開けて驚きを隠せない様子で、アホ顔がさらにアホに見える。

 絢音のことで両親を驚かせるつもりが、まさかこっちが腰を抜かす羽目になるとは……。


「とまぁ母さんの暴露も済んだ事だし、槇島家にも2人目の元アイドルが入籍だな」

「だな、じゃねーよ! どうしてそんなこと俺と水羽に秘密にしてたんだ!」

「そうだし!」

「人には秘密にしたいことが1つはあるもんだろ。お前らが美男美女に生まれたのも、アイドルだった母さんのおかげだと思え」


 そう言われた母さんは、まんざらでもない顔で、うんうん、と頷いている。


「じゃあうちのママはwukiぺディア載ってるっことじゃん。やばみー」

「お前の基準wukiなのかよ」


 最近のギャルの順応力はバカにできないな。


「はぁ……とりあえず絢音ちゃん、私もあなたと同じ元アイドルだからこそ、ちょっと真面目なお話をするわね」

「は、はい」


 母さんの一言で、和んだ場の空気がもう一度引き締まった。


「私は大作さんと結婚できたことを嬉しく思う反面、私みたいな元芸能人が恋人ゆえに大作さんに負わせてしまった多くの苦労も知ってる……。だからできれば祐太郎には、大作さんみたいな苦労をしてほしくない。それが本音」

「です、よね」


 絢音は顔を俯かせ、唇を噛み締める。

 絢音……。


「でも、だからといって祐太郎と別れろだなんて絶対に言わない。むしろ祐太郎にはあなたを守る義務があると思う。だって、実家に連れてくるほど好きな女を守れないような男が、今後大成するわけないもん。ね、大作さん?」

「お、おう! そうだぞ祐太郎!」

「父さん……母さん……」

「本気で絢音さんと付き合うなら、どれだけ周りにバッシングされたとしても彼女を守護まもりなさい。中途半端な気持ちなら許さないわ。わかった?」


 母さんは今まで見たこともないくらい真剣な顔で俺に話した。


「ああ。最初はなからそのつもりだ」


 俺が自信ありげにそう言った途端、急に絢音が泣き出した。


「絢音、なんで泣いてんだよ!」

「あ、安心したら……涙が出て。祐太郎が守ってくれるって言ってくれたのが、嬉しくて」

「あーあー、そんなので泣くなって」


 俺はポケットからハンカチとティッシュを取り出し、絢音を慰める。


「ふふっ。これなら大丈夫そうね。なんか、昔の私たちを見てるみたい」

「だな」


 子は親に似る。でもまさか、恋愛対象まで似るなんて……思ってもみなかった。


✳︎✳︎

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