3話 帰省と親とてんやわんや


 あたしと祐太郎は予約していたバスに乗って、2時間ほどで山梨までやってきた。

 そこからしばらく徒歩で移動する。


「絢音、ここが俺の実家だ」


 田畑や自然に囲まれた大きなお家。

 夜だから全然見えないけど、周りも山々に囲まれており、ここには都会よりも澄んだ空気が流れていた。


 あたしはマスクとメガネを外すと、瞳を閉じながら、肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。


「んーっ! 空気が美味しい。都会とは全然違う」

「だろ?」

「祐太郎はこの空気を吸って育ったんだね」


 祐太郎は頷きながら空気を吸い込んだ。

 この自然に囲まれた街が、槇島祐太郎という1人のサッカープレーヤーを生み出しだんだね。


「俺の家、ちょっと古臭いけど我慢してくれ」


 槇島は目の前のお家を指しながら自嘲する。


「ぜ、全然古臭くなんてないよ! なんて言うか、古めかしくて歴史を感じさせるような」

「それフォローになってねーからな」


 田舎によくありそうな背の低い赤い屋根の一軒家。

 普通に綺麗なお家だし、本当に古臭いだなんて思わなかったんだけど、祐太郎はなぜか卑下している。

 都会と田舎を知ってる彼だからこその感性なのだろうか。


 祐太郎はあたしの分のスーツケースも引いてくれながら、案内してくれた。


「夜だからあんまり見えないけど家の向かいにはぶどう園があって、ほらあっちの方に。そこで俺の両親はそこで働いてる」

「ぶどう! 食べたい」

「この時期だとまだ無いと思うが、街に出ればいくらでもあるし、また観光の時にな」


 あたしは祐太郎の提案にこくこくと頷く。

 ぶどうの乗ったパンケーキとか食べたいなぁ。


「お前、今パンケーキのこと考えてたな」

「な、なんで分かったの?」

「いつも顔に出てるんだよ。頼むから親の前でそのフニャッとした顔はやめてくれよ」

「し、しないもん!」

「どうだが」


 今は油断しちゃったけど、親御さんの前ではちゃんとしなきゃ。

 あたしの方がお姉さんなんだし!


「絢音、準備はいいな。入るぞ」


 祐太郎は玄関前まで来ると聞いてくる。

 あたしが小さく頷くと、祐太郎は引き戸に手をかけた。


 ついに祐太郎のご両親とご対……っ。


「げ」


 引き戸が開いた瞬間——目の前にはあたしと同じくらいの身長で、茶髪サイドテールの女子高生くらいの女の子が立っていた。


「どうしてお前も帰ってきてんだよ……水羽」

「おにぃのこと揶揄うつもりでわざわざ寮から帰ってきたのにー。マジで彼女連れてきてんじゃーん」

「ゆ、祐太郎……この子は?」

「あぁ、こいつは妹の」

槇島水羽まきしまみずはっす。彼女さんって、マジでおにぃの彼女なんすか⁈」


 妹さんはあたしの方にどんどん歩み寄ってくる。


「そ、そうだけど」

「へぇー! うはー」


 ち、近い……っ。


「よく見たらおにぃの彼女めちゃクソ可愛いくね! えっと、あれ、なんて名前だったけ、2年前までアイドルだった——綺羅星絢音? みたいな顔してるし! こんなアイドル似の顔面偏差値クソ強な子と付き合うとか、おにぃもやる〜」


 顔色を青くする祐太郎の脇腹を、人差し指でつつく妹さん。


「と、とりあえずお前も台所行け。家族会議をする必要がある」


 祐太郎は意を決したようでハキハキとした口調で言い放った。

 たしかに、このままそっくりさんで通せばその場しのぎで楽ではあるけど……このまま肉親に隠しておくわけにもいかないもんね。

 祐太郎の胃に穴が開かないか心配になりつつも、あたしも覚悟を決める。


 妹さんに促され、あたしはお家に上がらせてもらった。


「姉さん姉さん」

「えっと、姉さんって、あたしのこと?」

「そりゃおにぃの彼女なんだから、もうあーしの姉さんだし」

「そ、そうなんだ」


 あたしが、お姉さん……。

 ちょっと嬉しい。


「姉さんって、おにぃのどこが好きなんすか?」

「え? えっと……」

「やっぱ顔っしょ! おにぃって性格は童貞だけど顔だけはいいし」

「お前……兄である俺に向かってなんつーことを」

「で、どうなんすか?」

「か、顔も好きだけど……っ」

「ん? 違うんすか?」

「一番は、優しい所……かな。あたしが家事とかで失敗しても、怒らず優しく頭撫でてくれるし、いつもあたしのワガママも聞いてくれるし……理想の男の子って言うか」

「絢音……。あんまそういうのを妹の前で言うな、恥ずかしいだろ」


 祐太郎は恥ずかしそうに目を逸らす。

 あたしもつい恥ずかしくなって顔を下に向けた。


「うっわぁ。糖度高すぎてあーし今にも吐きそう……おええぇぇぇ」


 そんなことを話しているうちに、祐太郎がリビングのドアを開け、先に中へ入って行った。

 あたしは祐太郎の後をついていくようにバッグから菓子折りを取り出して中に入る。


「おおっ。おかえり祐太郎」


 広めのリビングに入ってすぐの場所にあるソファに座っていた作業服姿の男性。


 渋い声をしていて、見た瞬間に祐太郎のお父さんだとわかるくらい祐太郎に似てるダンディな2枚目。

 祐太郎もいつか、こんな感じの渋い俳優顔になるんだなぁ……なんて思った。


「親父ただいま。えっと彼女が」

「お初お目にかかります。あたし、祐太郎くんとお付き合いをさせていただいている」

「佐々木さんだろ? 私は祐太郎の父の大作だいさくです。このバカ息子がいつもお世話になっております」

「いえいえ、あの、これつまらないものですが」


 菓子折りを差し出すと、お父さんはソファから立ち上がり、お互いに深々とお辞儀を交わした。


「ご丁寧にどうも。祐太郎の彼女だから、うちの娘みたいなキャピキャピしたギャルが来ると思ったんだが」

「親父の中の俺のイメージどうなってんだ……。あれ、母さんは?」

「あぁ、母さんならすぐ」


 その時、キッチンの方から暖簾をくぐってリビングから割烹着姿をした祐太郎のお母さんが——え。


「ゆうちゃーん。おかえりなさーい」

「母さんただいま」

「あら、本当にガールフレンドさん連れてきたの? はわぁ、可愛いお嬢さんだこと」


 お姉さんと間違えそうなくらいに若々しくて、肌も綺麗で美人なお母さん。

 でも……なんだろうこの既視感。

 この人……どこかで。


「絢音? どした?」

「……う、ううん! えっと、お初お目にかかります。あたし祐太郎くんとお付き合いをさせていただいている、佐々木絢音と申します」

「あらぁ、ゆうちゃんがいつもお世話になってます、母の恵里香です。絢音ちゃん、こんなに可愛いのに、本当にゆうちゃんでいいの?」

「おい、両親揃って息子に失礼極まりないな」

「だってゆうちゃん、昔から女の子と話すのは嫌いだって言ってたし。絢音ちゃんに酷いことしてないでしょうね?」

「子供の頃の話を蒸し返すなよ。今はちげーから」


 祐太郎、昔は女の子のこと、避けてたのかな……?

 ……いや、祐太郎の性癖的に同級生の女の子が嫌いで歳上のお姉さんばっかり見てたんだ絶対。


 そういえば祐太郎の初恋のお姉さんもこの近所に住んでるんだよね……会ってみたいかも。


「と、とにかく! 今から親父や母さん、あと水羽にも話しておきたいことがあるんだ」


 祐太郎がちゃんと軌道修正してきた。


「まさか祐太郎! が、学生結婚か⁈」

「ゆうちゃん。できちゃった婚だけは許さないわよ? やる時はちゃんとゴ」

「おにぃ結婚すんの⁈」


「あーもうっ! お前ら全員座れっ!」


 祐太郎は今までに無いくらいキレてた。


 ✳︎✳︎


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