2話 出発前に


 18時前に練習が終わり、今日は自主練をせずにグラウンドを出た。


 今夜20時のバスで、絢音と一緒に山梨へ帰省する。

 3月から東京に移り住んで、練習に参加していた俺にとって、山梨に帰るのは実に2ヶ月ぶりだ。


「今朝の絢音、俺の両親に会うってのにやけに楽しそうだったよな……」


 さすが元トップアイドル……肝が据わってるというか。

 逆に俺が絢音のご両親と会うことになったら……考えただけでも胃酸が。


 でも俺も、いずれは絢音の両親へご挨拶に伺わないといけないんだよな……。

 海外で働いてるってことは相当のやり手だと思うし、もし俺の頭の悪さが露呈したら——。


『うちの絢音はやらんっ!』


 と、テンプレ台詞言われたりするんじゃ……。

 勝手な妄想でナーバスな気持ちになりながら家に帰って来ると、部屋では絢音が、ご機嫌そうに歌を歌いながら洗濯物を畳んでいた。

 絢音は最近買った新品のピンク色エプロンを着け、その下にはボーダーのトップスとワイドなデニムパンツを履いていた。


「ふふーんっ」


 だからなんでそんなテンション高いんだこいつは。


「た、ただいま」

「おかえりー。練習お疲れ様っ」


 家に帰れば絢音が温かく迎えてくれる。

 それだけでさっきまでの不安も消え、心が落ち着いてきて……。


「なんでニヤけてるの? 何かいいことでもあった?」

「いやそうじゃなくて……洗濯物ありがとな。午後まで講義あったのに自分の準備とかで忙しかったんじゃ」

「そんなことないよ? 早めに終わったから祐太郎が帰って来るまでの時間で、お皿を洗ったり干してたお洗濯物畳んでただけ」


 ……で、できる嫁すぎる。


「俺も手伝うよ」


 俺も手を洗ってから、部屋に戻り、絢音の隣で洗濯物を手に取る。


 最初こそ距離感バグってると思ってた同居だけど、絢音からしたら3年間もこうなるのを夢見てたんだよな……。


 3年前からあの綺羅星絢音が俺のこと好きだったとか……大恋愛というか、ラブストーリーがすぎるよな。

 でも事実、そのラブストーリーがあったわけなんだが。


「そういえば郵便受けに何か届いてたよ? 阿崎からだったみたいだけど」


 阿崎から? 何も聞いてないんだが。


「どうせ碌でもない物だろ。何も頼んでないし」

「えーなになに?」

「定期的に頼んでもないもの送ってくるんだよ。興味あるなら見てもいいけど」

「それってサプライズプレゼントじゃん! あんな性格だけど阿崎も粋なことするんだね」


 あんな性格だからこそ碌な物送ってこないんだが……。

 絢音は楽しそうに阿崎から送られてきたという大きめの封筒を開ける。


「……なっ、何これ」


 絢音がダンボール箱の中から1冊の本を……って、おいおい。


 絢音の手の中にあったのは『夜のハウツー女性を気持ち良…………とまぁ、タイトルを読むのすら憚かれるような本だった。


「あのもじゃもじゃ坊主! サイテー!」


 阿崎に期待をするなと言ってるのに。

 引っ越したら阿崎あいつに住所を教えるのはやめるか。


「引っ越したら阿崎に住所教えないでね」

「全く同じこと考えてた」


 こうやって、一緒の部屋でたわいもない話をしながら一緒に家事をする……なんか、夫婦みたいだよな。


「どしたの?」

「こうしてると俺たち夫婦みたいだなって思って」


 そう言うと、絢音の洗濯物を畳む手が止まる。


「も、もうっ。またそうやって……」


 どうしてそこで照れる。


「俺の実家行くとか言い出した時点で、お前の方がよっぽどなこと言ってると思うんだが?」

「そうなの?」

「そうなのってお前」

「あたし……祐太郎とキスする時とかも、本当は祐太郎のご両親の了承を得た方がいいかなって思ったくらいだから」

「んなこと聞かれても困るだけだろ!」

「あたしはお姉さんだから礼儀正しいの」


 絢音はドヤ顔で言った。


「関係ねえだろ……」


 色々ズレてるけど、絢音が嬉しそうならいいか。


「じゃ、さっさと同居の許可貰いに行くか」

「うんっ」

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