56話 試合開始と佐々木の動揺(ワクワク)


『——天皇杯1回戦、東京代表の名門・高東大学と神奈川代表N3・小田原ユナイテッドの一戦。解説は高東大学出身で小田原ユナイテッドに在籍したご経験のある松林光博さん。実況はわたくし下野でお送り致します』

『よろしくお願いします』

『さぁ松林さん、非常にスペクタクルなサッカーで多くのファンがいる高東大学ですが、天皇杯のダークホースとも言われています。どう見ますか?』

『私はFWの3年生、ヴィクトル・デ・マケニーくんと1年生でスタメン入りした阿崎清一くんに注目してます。ヴィクトルくんは先月の東京代表決定戦でハットトリックしてましたし、1年生の阿崎くんは高卒プロをあえて断ったと噂されてるくらいの実力者で、プレーから見ても堅実で真面目な選手なので今後の成長が楽しみです』

『そうですか。小田原の方はどう見ますか?』

『そりゃ金川流心ですよ! 高卒でイングランド1部に入るだけの力がありますから。周囲の期待やメディアの雑音もあってメンタル的に伸び悩んでますけど、ボディビルダー並みに太い腕や足、頭と両足のどこからでも点が取れるストライカーなので、期待してます』


 やはり金川流心の評価は高いか。(あと阿崎が真面目とかどこ情報だよ)

 ベンチスタートの俺はジャージを着ながらイヤホンを使って天皇杯の生配信サイトの実況と解説の掛け合いを聞いていた。

 試合のスタメンは試合前のロッカールームで発表され、GKにチャン先輩やボランチの一角には阿崎がスタメンに入る中、スタメンに呼ばれなかった俺はベンチスタートとなった。

 ベンチスタートで1年生の俺は、マネージャーや練習生たちと一緒になって試合前の作業を手伝い、それが終わってからグラウンドに出た。


 今日は立ってるだけでちょっと汗ばむくらいの気温。

 小田原ユナイテッドのホームグラウンドは1.5万人を収容できるスタジアムで、高東のものすごい数の応援団と、小田原ユナイテッドのサポーターが観客席でせめぎ合っている。

 その光景を見て今から俺たちはプロと試合するんだ、と嫌でも実感した。

 観客席からピッチの方へ目をやると、すぐにあの男の方へ目線が行く。


 丸太のように太い腕と足、さらにムチムチの筋肉美。まるでボディービルの選手みたいに仕上がってやがる。

 これがリアル金川流心……あの重そうな体躯でゴリゴリのサッカーをやる男。

 筋肉だけじゃない。身体から溢れ出る金川の覇気が、俺の体を奮い立たせる。


 見るからに金川流心はカリスマの塊だ。だからこそ元アイドルの佐々木が金川流心に惹かれたんだ思い込んでいた俺だが、多分、いやほぼ確実に、佐々木は……お、俺のことが、好きなはず。多分、きっと。


「槇島? 顔がフニャってるけど大丈夫か?」 


 佐々木のことを考えていたら自然に顔が緩んでいたらしく、いつの間にか目の前にいた阿崎からそれを言われたことで、顔を戻す。


「だ、大丈夫だ! ……それより阿崎、俺が出てくるまでスタミナ取っておけよ」

「当たり前だ。何のために頭丸めたと思ってやがる」


 ユニフォーム姿の阿崎は坊主頭を撫でながら言う。

 俺のためにしてくれたのは嬉しいんだが、天パーじゃなくなったせいで阿崎って認識するのに時間がかかるのが面倒だ。


「前半はヴィクトル先輩を中心に攻撃を組み立てるつもり。そんで後半からは槇島祐太郎のお披露目会にする。だから、ちゃんとベンチでお化粧してから来いよ」


 小洒落た言い回しで、俺の尻を蹴り上げる阿崎。

 要するに、アップからしっかり汗ながして来いってことだな。


「お前こそ、俺が出て来るまで、化粧崩すんじゃねーぞ?」


 阿崎の尻を蹴り返してピッチに送り出す。


 さぁ、待ちに待った試合だ。

 大学最強の高東大学対N3の小田原ユナイテッドの試合が今、始まる。


 ✳︎✳︎


 槇島が点を決めたら……あたしは槇島の家に……。


『俺の家に、決まってんだろ』


 な、何度思い出してもカッコ良すぎるんだけど!!!

 思い出すたびに顔がカーッて熱くなって、もじもじしちゃう。


 大丈夫。平常心だよ佐々木絢音。

 あたしは槇島より1歳年上なんだもん。むしろ槇島をリードするくらいの気持ちで行かないと。

 いつも以上に気合い入れて身だしなみも整えてきたし、お気に入りの大人カジュアルなAラインのワンピも着たし、あと……槇島の部屋で色々あっても動揺しないよう、それ系のハウツー本も読んできたから、準備万端。

 あとは、ちゃんと脳内予行練習をしておかないと。


 横浜駅西口のタカハマヤ前で今日一緒に観にいく約束をしていたゆずちゃんを待ちながら脳内シミュレーションをする。


「絢音ちゃーん」


 駅の方からあたしを呼ぶゆずちゃんの声が聞こえた。

 高東の文字が書かれたおそらく応援団用のTシャツを着てショルダーバッグを肩に下げたガチ装備のゆずちゃんが息を荒くして来た。

 ゆずちゃんはBチームのマネージャーなので、今回はベンチに入らずに応援に回るそうで、昨日カフェで話した時に、ゆずちゃんからあたしを誘ってくれたのだ。


「待たせちゃってごめんね?」

「ううん、待ってないよ。シュミレーションしてたし」

「シュミレーション? あ、もしかして今日の試合の⁈」

「え、違」

「わたしは高東のペースだと思うの、ビルドアップの時に足元があるGKのチャン先輩も参加できるからボランチが落ちなくてもいいし、中盤から前線への中継には阿崎くんがいて、最前線にはポストプレーで相手を背負えるヴィクトル先輩が」

「ゆ、ゆずちゃん! 時間ないしバス乗ってスタジアム行こうか」

「ごめんなさい! またわたし、語り出しちゃって」


 ゆずちゃんは恥ずかしそうにはにかんだ。

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