54話 佐々木とMIZUKIの因縁 後編


 やっぱり水城さんとは馬が合わない。

 Genesistarsの時から歳下のあたしばっかり注意してきたし、嫌いなら嫌いってはっきり言ってくれればいいのに。


「別に今日は絢音とケンカしに来たわけじゃないの」

「さっきから喧嘩腰のくせに」

「それは絢音がっ……。いえ、もう不毛な言い争いはやめましょうか」


 水城さんはお冷を一口飲むと、あたしの方に向き直る。


「あなたに2つ、伝えたいことがあるの」


 水城さんは「1つ目は……」と呟きながら、真っ直ぐあたしを見つめた。


「2年前の、謝罪をしたい」


 2年ぶりに会いに来たってことは、やっぱりその事だよね……。


「謝罪……って?」


 隣に座る藍原さんがあたしに問いかける。


 藍原さんがこの場にいる以上……あのことも話しておかないといけないよね。


「藍原さんは、あたしと水城さんが同時にアイドルを辞めたのは知ってる?」

「うん、朝のニュースで連日やってたし。綺羅星絢音は学業のため、星原美月はシンガーソングライターとして独立するため、だったよね?」

「表ではそうだった……けど」

「本当は違うってこと?」


 水城さんは一向に口を開かない。

 そりゃ、水城さんから話すわけないか。


「……2年前、水城さんはあたしに、"他事務所への移籍"を持ちかけきた」

「移籍⁈」


 あたしは当時の記憶を回顧しながら、その記憶を噛み砕いて吐き出す。


「水城さんは、自分がソロアーティスト化するために、他事務所への移籍することと、それをあたしにも勧めてきた」

「でもそれって、裏切りなんじゃ……」


 あたしは小さく頷く。

 人気や年齢の問題で卒業と同時に別事務所に移るのは必然的だけど、2年前のGenesistarsは人気絶頂期。

 あたしと水城さんの2人が中心となって、一気に国民的アイドルグループにまで押し上げていた時期だった。


「当然あたしは、全盛期に移籍なんて受けられ無かった。それで意見が食い違ったあたしと水城さんは、喧嘩に発展して」

「喧嘩……? あの綺羅星絢音と星原美月が?」


 あの時は、冷静さを欠いていた。

 あたしはグループのリーダーである美月さんに、絶対的な信頼を置いていたからこそ美月さんから移籍を誘われた時、酷く落胆した。


 2人で脱退しようなんて言う水城さんは、絶対悪に思えて。

 激しい口論になった後、あたしと水城さんは一度も口をきかないくらいの不仲になってしまった。

 でも結果的にその行為が……Genesistarsの人気に水を差すことになる。


「それから間もなくして、水城さんが他事務所と接触していたことが会社にバレて、水城さんは社長から卒業するように言われた。それと同時に、あたしも卒業することになった」

「佐々木ちゃんは悪くないんじゃ」

「……どこから出たのかわからないけど、チーム内で水城さんの引退はあたしが原因だって噂されてた。Genesistarsは90人もの大所帯グループ。メンバー内にも派閥があったし、この噂が流れたままの状態であたしだけ残ったら水城さんの派閥だったメンバーとの間に不和が生じる」

「そんな!」

「女の子の世界の面倒臭さなんて、藍原さんも知ってるでしょ?」

「そう、だけど……」


 あたしが残る選択肢があった中で、社長は何も考えずあたしをクビにしたんじゃない。

 あたしだけ残った時、あたしがどんな目に遭うのか判った上で逃がしてくれた。


「って感じで、これがあたしがアイドルを辞めた理由」


 一通り話終わるのと同時に、水城さんはテーブルに額が付くくらい頭を下げた。


「絢音……ごめんなさい」


 あれから2年の月日が経つ。

 怒りは徐々に消えたけど……水城さんへの不信感はまだ拭えない。


「今さら謝罪されても、今のあたしには許すことも怒ることもできないですよ。当時の怒りを、水城さんにぶつけることはできない」

「……判ってる。それでもわたしは、絢音に謝りたいと思った。だから——本当にごめんなさい」


 ✳︎✳︎


 話終わった後、佐々木ちゃんは席を外し、わたしとMIZUKIさんの2人だけになった。


 MIZUKIさんは、無言でテーブルの上の水滴を見つめている。見るからに心ここに在らずって感じだ。


「わたしには、MIZUKIさんがグループを裏切るような人には思えません! 何か理由があったんじゃないですか?」

「…………」

「MIZUKIさん!」

「……全盛期のGenesistarsは、わたしと綺羅星絢音が輝きすぎて下の世代の成長に蓋をしていた」

「え」


 MIZUKIさんは目元の雫を指で払って、右隣の窓の奥に目を向ける。


「今まで多くのアイドルグループが、カリスマ性のある人気メンバーの人気に固執して、グループ全体が低迷の一途を辿っていた。わたしはこのグループのことを考え、一度大きな決断するべきだと思いました。それが移籍の話です。でもそれは——結果的に間違っていた」


 2人の脱退から2年。

 わたしみたいなミーハーな人間からしたら、今のGenesistarsはトップグループから中堅以下に落ちてしまったイメージがある。


「自己満足ですが絢音に謝れて良かったです。絢音はもう、わたしの顔なんて見たくないでしょうし、わたしはこれで失礼します」

「ま、待ってください! MIZUKIさんは最初、2つ言うことがあるって言ってましたよね!」

「……あぁ、忘れてました」


 MIZUKIさんはパーカーのポケットから、一枚の名刺を取り出すと、わたしに差し出す。


「絢音にこの名刺を渡してください。2つ目の話はそれだけなので。ここのお金は置いていきますので、2人はそれでゆっくりしていってください」


 MIZUKIさんは店員さんにお金を渡すと、一礼して店から出て行った。

 佐々木ちゃんが来るまでなんとか引き留めた方が良かったかもしれないけど……わたしにはそれをする力も、権利もない。


「藍原さんお待たせ……。水城さんは?」

「かえっちゃった」

「……だよね」


 戻ってきた佐々木ちゃんの目は赤くなっていた。


「ご、ごめんね、佐々木ちゃん!」

「なんで藍原さんが謝るの?」

「ここにいるのが槇島くんだったら、佐々木ちゃんが辛くなることもなかったのかなって思って。わたしなんかが聞いていい話じゃ無かったような気もしたし」


 槇島くんだったら、佐々木ちゃんを全面的に守ってたと思う。

 わたしは優柔不断で人に強く当たれないから、ただ聞くことしか……できなかった。


「あのね藍原さん、仮に槇島だったら、話を理解することすらできなかったと思うよ? あいつ、生粋のサッカーバカだし、アイドルのこともにわかだし、何より鈍感だし!」

「で、でも!」

「あたしは藍原さんが隣にいてくれて良かったと思ってる。もし水城さんと2人だけで話してたら2年前と同じで喧嘩になってたと思うし、藍原さんがいてくれたからこそあの人と決着をつけられた」


 言いながら、佐々木ちゃんはわたしの手を取った。


「だから——ありがとう、ゆずちゃん」


 ゆ、ゆず……ちゃん。

 あの綺羅星絢音が、わたしのことを名前で呼んでくれるなんて……。


「……っ、こ、こちらこそ、色々と話してくれてありがと、絢音ちゃんっ」


 秘密を知って、絢音ちゃんのことをより知ることができた。

 これからもっと、仲良くなれたらいいな。


「ゆずちゃん! そろそろ注文しよーよ」

「うんっ」


 わたしがメニューを取ろうと手を伸ばした時、わたしはある事を思い出す。

 さっきMIZUKIさんから渡されて、机に置いていた名刺。


「そうだ。MIZUKIさんがこの名刺を絢音ちゃんにって」

「名刺……? って、これ——」


 ✳︎✳︎

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