53話 佐々木とMIZUKIの因縁 前編


 水城さんに出くわすとか、最悪の日だ。

 ストレスで気分が悪くなりそうになるのをグッと堪えてあたしは水城さんの方を向く。


「水城さん。話し合いのできる場所を用意するので、タクシーを呼んでもらえますか?」


 水城さんは無言で頷くと、スマホを耳に当てる。


「佐々木ちゃ……じゃなくて、綺羅星さん」

「いつも通り佐々木でいいよ」

「でも」

「いいから。あたしもいつも通りだし」

「う、うん」

「タクシー、あと2分で来れるそうよ」


 あたしは、水城さんとの話し合いの場として、前に槇島とカップルパンケーキ食べた行きつけのカフェで話すことに決めた。

 あそこの店主さんは、あたしのこと判ってるし、大丈夫なはず。

 その後水城さんが呼んでくれたタクシーに乗りながら、あたしはカフェに電話を入れる。

 電話に出た店主さんは「今日も客が来なくて暇だからいいよー」と快く了承してくれた。


 カフェに着くと、メガネと三角巾を付けた女性店主がレジ前に待っていてくれて、あたしたちが入るなり、店の看板をしまってくれた。


「絢音ちゃーん、お友達を連れてきてくれてありがとねー」

「店主さん、今日はそういう雰囲気じゃないんで」

「この前は彼氏だったのに、今日はお友達なんてっ、リア充だねー絢音ちゃん」


 無駄にイラつくのが無ければ、良き理解者だとつくづく思うんだけどなぁ。


「絢音の彼氏って?」


 水城さんが横から入ってくる。

 ほら、さっそく厄介な事に。


「あれれ? お友達に話してないの? 絢音ちゃんね、初恋の子を見つけたーって騒いでた次の日、本当にその初恋の子を連れてきたのよー! それも彼氏として! いやー、写真通りのニ枚目イケメンだったわー。確か名前は槇」

「てっ、店主さんもう喋らないで!」


 壊れたガマ口みたいに締まりがないその口を塞ぐため、あたしは手を伸ばす。


「絢音の初恋……」

「なんですか水城さん? あたしのプライベートにまで文句言うつもりですか?」

「いえ、そんなつもりはないわ。それより早く話をしましょう。さあ、ご学友も」

「本当にわたしもいいんですか? こんなに凄い2人と相席だなんて」

「構いません。わたしたちの正体を知った以上、そのまま野放しにはできませんので」

「は、はい……そうですよね」


 急にこんな事に巻き込んでしまって、藍原さんには申し訳ない気持ちで一杯だ。

 店内に入るとすぐ4人掛けのテーブル席に案内される。


「ご学友のお名前を伺ってもいいかしら?」

「わたし、藍原ゆずって言います。あ、あの、わたしMIZUKIさんのファンで。新曲も毎日聴いてます!」

「ふふ。藍原さん、ありがとう」


 水城さんは藍原さんと話しているのに、ずっとこっちを見てくる。


「絢音は聞いてくれた? 私の新曲」

「聞くわけ、ないです」

「……そうよね」


 同じテーブルの距離感で話していても、あたしと水城さんの心の距離は縮まることは無い。


「あ、あの! お二人って、Genesistarsを辞めてからは交流無かったんですか?」

「無いよ。この人の顔とか、できれば見たくなかったし」

「え……? 佐々木ちゃん、そんな言い方」

「構いませんよ。絢音はいつまでも子どもだからこんな言い方しかできないんです。わたしとしては、偶に会ってあげてもいいくらいには思っていましたが」

「その偉そうな言い方、相変わらずですね。まだリーダーのおつもりで?」

「あなたこそ、いつまでもあの事でヘソを曲げているなんてお子様に磨きがかかっているのでは? どうせ甘々な彼氏に頭撫でられて顔赤くしてるんでしょうけど?」


 テーブル越しに水城さんと口喧嘩が始まると、互いに腰が椅子から浮いていた。


「ちょっ、ちょちょ、ストップです! 喧嘩はやめてください! 店主さんもぼーっと見てないで何とか言ってくださいよ!」


「ご注文はお決まりですか?」


「そうじゃなくて!」


 その後藍原さんに宥められたあたしと水城は椅子に座り直し、互いに無言で睨み続けた。

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