47話 水族館デートと阿崎の罠
合宿最終日。
午前中に千葉の大学と最後の試合を行い、試合は阿崎のハットトリックで圧勝。
俺はゴールできなかったものの、珍しくアシストを記録した。
試合が終わると、選手たちは脛当てを外しながらグラウンドの中央にいる監督を囲んで座る。今から合宿の反省会が始まるのだ。
その反省会の際に監督が言っていたのが、BからAに上がれるメンバーの話。
昇格メンバーはそのうち発表され、5月16日の天皇杯1回戦に向け、Aチームに移動することになるらしい。
阿崎は当確のような雰囲気だが、俺はどうなのか……。
金川をぶっ倒して佐々木に告白する……つもりだが、そもそもAに上がれなかったからその目的も水泡に帰す。
まぁ、結果は変えることができないし、あとは祈ることしかできないんだけどな。
「じゃあ、最後は一丁締めにするか。代表で阿崎」
「へいへい」
監督に指名された阿崎は立ち上がると監督の隣に並ぶ。
なんで
「えー、ではみなさん、お手を拝借。いよぉーっ」
阿崎の一丁締めで、長かったゴールデンウィーク合宿は終わった。
✳︎✳︎
佐々木との待ち合わせ場所までバスに乗って向かう。
阿崎のやつは藍原と2人でどこかに行くとか言ってたが……なんか心配だな。(藍原が)
待ち合わせ場所の近くにあるバス停で降りると、そのタイミングで佐々木から着信が入る。
『もう着いた?』
「おう。今どこにいるんだ?」
居場所を聞こうとした瞬間、誰かが俺の背中をつつく。
背後を振り返ると黒のキャミソールワンピを着た佐々木が、ちょっと怒り気味で立っていた。
「遅いよー」
「ご、ごめん。監督の話が長くて」
「パンケーキ2枚で許したげる」
「パンケーキって……まさか水族館の後に」
「もちろん! 余った時間は千葉のパンケーキを巡りに使うから!」
……よし、今日は時間ギリギリまで水族館で粘ろう。
「それとー、これ渡しておくね」
佐々木はチケットを1枚財布から取り出すと、俺に手渡す。
「ゴールデンウィークで混むだろうし、チケットは先に用意しておいたから」
「おお、相変わらず用意周到だな。えっと、何円だった?」
「お金はいいから! これ、プレゼントだし」
「プレゼント?」
「とにかく! さっさと行くよ!」
佐々木は俺の手を取ると、その手を引っ張るように前を歩き出す。
そんなに水族館が待ち遠しいのか?
『2名様ですね。そちらのゲートからどうぞー』
入り口でチケットを見せると、佐々木と俺は、巨大な水槽に囲まれた薄暗い空間に足を踏み入れた。
「わぁ……」
横一面に広がる巨大な水槽を、食い入るように見る佐々木。
ネットで調べた情報では、シャチが有名らしいけど、他にも色々いるんだな。
エイの水槽を通り過ぎて、クラゲが無数に集合した水槽の前で佐々木の足が止まる。
「見て槇島。くらげがたくさん……」
「あぁ。光に重なって、綺麗だよな」
「モアっとしててちょっとキモいね」
「おい」
それっぽいこと言った俺がバカみたいじゃないか。
「あっ! あっちの水槽クマノミいる」
「クマノミ好きなのか?」
「うんっ」
お目当ての魚はいないって言ってた割には、はしゃいでるなぁ。
その証拠に楽しすぎて手繋いだままなのを忘れてるし……ま、まぁ? 一応黙っておくけど。
「お魚ばっかり」
「そりゃそうだろ」
✳︎✳︎
よし! どさくさに紛れて手繋ぎ作戦成功っ!
槇島のやつ、ずっと手繋いでても普通な顔してる……でも内心は絶対動揺してるよね。
「佐々木」
「どっ、どうしたの?」
「今日の佐々木、いつもより楽しそうだな」
「は、はぁ⁈」
「楽しくないのか?」
「た、楽しい、けどっ」
なんであたしの方が動揺してるの!
……お、落ち着けあたし。年上として、ちゃんと余裕のあるところを見せないと。
「まっ、槇島の方こそ、なんか顔赤くない? もしかして、あたしと手を繋ぐのが恥ずかしいんじゃ——」
その時だった。
槇島の背後にある水槽の前に見覚えのある2人が現れる、
あ……あれは阿崎と藍原さん……っ!
水槽の青い光に照らされた阿崎の顔が、一瞬こちらを見てニヤリと笑ったような気がした。
まさか、あの男……。
「べっ、別に恥ずかしくねーよ! 俺はお前と手を繋いでても全然平気——って、どうした佐々木?」
藍原さんに阿崎がチケット渡していた事実を知った時から、なんか怪しいと思っていたけど、もしかしてあのモジャモジャ頭……あたしと槇島が仲良い所を藍原さんに見せつけるのが目的なんじゃ?
確かに藍原さんは、合コンの時も槇島を目的に来てた雰囲気があったし、槇島のことが好きな可能性も高い。
だから阿崎は、藍原さんを自分に振り向かせるために、あたしを利用しようとしてるんじゃ……。
「佐々木?」
あたしはやむを得ず、槇島と繋いでいた手を離す。
「ごめん槇島。あたしと手繋ぐのなんて嫌だったよね。もう離すから」
本当は離したくないしこの後もずっと手を繋いで周りたい……でも。
阿崎に利用されてるって考えたらこんなことをすればするほど、あいつに踊らされてる自分がバカみたいに思えて。
「嫌じゃねー」
「……え?」
槇島はその大きな右手であたしの左手を握る。
「嫌じゃねーって言ってんだよ。それに、はぐれたら大変だろ? こういう所って暗いから危ないし……」
薄暗くてもわかるくらいに槇島は顔を真っ赤にして、あたしの手を離さない。
「ほ、ほら、次行くぞ次!」
槇島はそのまま手を離さず、あたしを別のエリアまで連れて行ってくれた。
急にあたしの様子がおかしくなったから、心配してくれたのかな?
槇島のそういう所……ほんと好き。
阿崎の罠とかどうでも良くなってきた。
もし藍原さんに見られたら、がっつり見せつけることになっちゃうけど——あたしは、槇島とずっとこうしていたい。
もう離したくない、この手を。
あたしはこっそり、繋いだ手の指を絡めていた。
✳︎✳︎
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