42話 試合結果と恩人との再会


 佐々木から気合いを入れてもらい、俺はAチームとの試合へ向かった。


 競技場に集まったのは、高東大学サッカー部の全部員。日差しを手で隠しながら整列していた。

 今日はやけに日差しが強く、立っているだけで汗ばむくらいだった。


 Bチームは白の2ndユニフォームを着て、Aチームはいつもの赤いユニフォームを着ていた。

 これが高東大学のトップ……。

 既にN1リーグの強豪に加入内定している4年生たちと、チャン先輩みたいな2、3年生で既にプロ注目の化け物も集まっている。

 この猛者もさしかいない集団に俺は食い込まなければならない。


「お前ら、集合」


 Bチームのベンチ前で簡単なミーティングが始まり、マネージャーの藍原からホワイトボードを受け取った監督は、名札の付いたマグネットをつまんで、ポツポツ並べていた。


「スタメン発表する」


 ✳︎✳︎


 朝食からパンケーキを食べることで気合いを入れて競技場に来たあたしは、昨日と同じ観客席に座った。


 今朝の槇島、心配そうな顔してた。

 無責任に「点とって」なんて発破かけちゃったけどプレッシャーになってないかな……。


「おう嬢ちゃん。昨日ぶり」


 相変わらずボロボロな服装で、元星神学園の岸原監督が話しかけてきた。


「今日も来たんですか?」

「んだよ、来ちゃ悪いか?」

「お仕事は?」

「これが俺の仕……いや、なんでもない」

「はい?」

「俺は不労所得あるから大丈夫なんだよ!」


 岸原さんはそう言い張るとスキットルで麦茶をぐびぐび飲んでいた。

 岸原さんに呆れながらピッチに目を移すと、既にアップが始まっており、槇島の姿もあった。


「あれ? 槇島が赤いユニフォーム着てない? それにビブス着てる……なんで?」

「この試合は高東大の1軍と2軍が試合するんだとさ」


 そういえば槇島、「今日の試合が今後を占う」って言ってた。


「それとビブスを着てんのはベンチメンバーってことだな」

「ふーん。…………はぁ⁈」


 驚きで外れそうになるメガネを押さえながら、あたしは岸原さんに聞き返す。


「大事な試合なのに槇島がベンチってどういうことですか!」

「…………」

「ちょっと!」


 岸原さんはずっと黙りこくっていた。

 そのまま試合が始まり、あたしは目の前の光景にため息が溢れる。

 槇島がいない上に試合内容も散々。前半だけでAチームが5得点で、悪い流れなのに、槇島はまだ出ない。


「マキが出ないから不満そうだな嬢ちゃん」

「当たり前です。あたし……槇島を観たくてここに来たのに」

「阿崎ほど実力が抜けてれば使わざるを得ないが、ラストイヤーの4年生が多い分、1年のマキよりも彼らを使いたいっていう監督の親心もよく判る」

「そんな……」


 あたしはベンチに座る槇島を見ていることしか出来なかった。


 ✳︎✳︎


 ベンチスタートと言われた瞬間、絶望した。

 監督が昨日、やけにミーティングで4年生のことを強調していた理由が今になって判った。

 阿崎は声を荒げて監督に反対したが、阿崎の我儘わがまますら押し退けるくらい、監督の意思は強かった。


 試合は案の定、阿崎1人対Aチーム11人という構図になり、Bに何年もいる先輩たちが通用するわけも無かった。それでも監督は動かない。

 阿崎が単独で持ち込んで1点奪ったが、その後は守らされる展開が続いた。


「……槇島、行くぞ」


 やっと呼ばれたと思った頃にはもう時間が残っておらず、後半の残り10分のタイミングで俺はピッチに送り出された。


 せっかく佐々木が観に来てくれてるのに……遅くなっちまった。

 こんな俺に呆れて、寝てないといいんだが。


「……っ」


 観客席の佐々木を見つけると俺は目を見開いた。

 佐々木は右手の握り拳をこちらに向けている。


『がんばれ、槇島』


 そう言ってくれているような気がした。

 一矢報いて爪痕残すしかない。

 ピッチに入ると、すぐに阿崎が声をかけてくる。


「悪りぃ。1点しか取れてなかった」

「あのAから自力で1点取れるだけでも化け物だぞお前」

「残り10分。点差的にまず勝てないとは思うが、俺はお前と点が取りたい」

「だよな」


 阿崎は俺の背中を叩くと持ち場へ戻って行った。


 残り10分とはいえ、ボールはAチームがずっと握っており阿崎も体力の消耗が激しい。

 阿崎にボールが入っても、AチームのDFは統率が取れておりこの前みたいな裏抜けは期待できない。


 どうしたらいいんだよ。


「槇島! 貰いに来い!」


 俺は言われるがまま、阿崎のサポートに入って、ボールを受け取った。

 だがその瞬間。


「ぐっ……!」


 背中に激痛が走り、俺の視界が空の方を向く。

 後ろからタックルを受けたことで俺は倒れ、ペナルティエリアの5歩手前くらいの位置で、俺はファウルを貰った。


「ナイス。これでフリーキックだ」

「お前……ファウルを貰うために俺を利用したんじゃ」

「よく考えろ。フリーキックならアレを使える」


 アレ……そうか、俺たちが用意して来たフリーキックなら。


「やるぞ、槇島」


 俺は小さく頷き、フリーキックを蹴る前にアレの準備を整える。

 敵の最終ラインに構えて、阿崎のキックを待つ。

 ホイッスルと同時に、阿崎の右足から鋭い低弾道のシュートが放たれた。

 シュート性のフリーキックは壁の横を通り越して、ゴールへ向かっていく。

 しかし、GKのチャン先輩は天性の反応で、すでに右へ横っ飛びしていた。


 誰もがチャン先輩が止めると思って足が止まった瞬間、俺だけが低弾道のシュートコースを遮るように入ってくる。


「マキ……ちゃんっ⁈」


 合宿に入る前、俺と阿崎がやっていたのは、フリーキックの軌道を変える練習。

 先に反応してしまったGKは、変わったコースにもう一度反応することは不可能。

 だから阿崎は最初から俺が触るのを見越したコースに蹴っており、それに釣られたチャン先輩は今さら逆に飛ぶことはできない。


「……当たれ」


 俺の右足に当たった阿崎のフリーキックは、チャン先輩が飛んだ方向と逆のサイドネットを揺らした……が、俺自身も飛び込んだ勢いが余ってボールと一緒にゴールの中へ突っ込んだ。


「マキちゃん⁈」


 チャン先輩が心配そうに駆け寄る。

 スパイクの裏にあるスタッドがゴールネットに絡まって、俺はゴールの中で仰向けになって寝ていた。


 ✳︎✳︎


 試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、Bチームの選手たちが一気に倒れる。

 スコアは6対2で俺たちのボロ負け。


「1点……か」


 最大のアピールチャンスで俺は1点しか取れなかった。


 10分しかくれなかった監督を恨みたかったが、10分くれただけでも温情があると考えた方がいいかもしれない。

 試合に出ることすらできなかった先輩たちの姿は、もう競技場に無かったからだ。


 午後の試合まで自由時間が与えられ、特にやることもなかった俺は、観客席の佐々木に会いに行くことにした。


 ベンチに置いてあったジャージを羽織り、観客席へ向かう。

 佐々木のやつ、確かこっちにいたような。

 観客席に来ると佐々木が怪しげな男と話しているのが見えた。


 誰だあの人……?


 暑い日なのにボロボロになった厚手のコートを着ており、サングラスやネックウォーマーで目と口を隠している。

 見た目は完全に不審者だし、まさかあの男……佐々木のことを攫おうとしてるんじゃ!


「お、おいあんた。この子に何してるんだ」


 非常事態だと思った俺は、佐々木とその男の間に入って、佐々木を背中に隠す。


「槇島? なんでここに」

「俺の背中に隠れてろ佐々木。今すぐ警備員呼んで」

「違うよ槇島、この人は」


「久しぶりだな。マキ……いや、槇島くん」


 男がサングラスとネックウォーマーを外し…………って、え。


「岸原……監督?」

「元気そうで何よりだ」


 彫りの深い顔つきと全てを見透かしたようなその目。

 何も変わってない。

 この人は、俺に全てを与えてくれた恩人、そして第二の父親と言っても過言では無い人だ。


「なんで佐々木と岸原監督が話してたんですか?」

「そこの嬢ちゃんがサッカー知らねえから色々と教えてやってたんだよ」

「そう、なんですか」


 佐々木の方を見ると、佐々木はセミみたいに俺の背中に抱きついていた。


「なっ、なに抱きついんてんだよ!」

「だって隠れろって言うから」

「抱きつけとは言ってないだろ!」

「がはは。なんだよ嬢ちゃんはマキの彼女だったのか」

「ち! 違います。佐々木は」

「お前らの邪魔しちゃ悪いし、俺はもう帰るわ」


 そう言って岸原監督は踵を返したが、俺は「監督!」と、咄嗟に呼び止めてしまう。


「病院で手紙読みました! 今は東京フロンティアの強化部にいるって」

「え、そうなの⁈」


 佐々木は驚きの声を上げる。

 なんでお前が驚いてんだ。

 俺が佐々木に気を取られているうちに、監督は何も言わず行ってしまう。


「かっ、監督! 俺、いつか監督と仕事できるように頑張ります!」

「じゃあなマキ。腹出して寝るなよ」


 監督の背中が階段の奥に消えた。

 聞きたいことは山ほどあったけど、俺の意思を伝えられてよかった。


「岸原さん、行っちゃったね」

「岸原監督のこと知ってたのか?」

「公式マネージャーの時にインタビューしたって、前に話したじゃん」

「あぁ、なるほど」


 泊まりの時に聞いたあの話、本当だったのか。


「……ん? だとしたら綺羅星絢音は星神学園に来てたのか?」

「うん! 星神学園でインタビューしたし、めちゃくちゃ寒かったの今でも覚えてる」


 佐々木は、3年前に富山へ来ていた……? 

 それも仕事で……?


「どしたの?」

「なんでもない。ちょっと考え事をな」


 ま……まさか、そんなことあるわけないだろ。なに期待してんだ俺。


 俺と佐々木は無人の観客席に腰掛けた。


「今日めっちゃ暑いよね。マスクきつー」


 佐々木はマスクのノーズフィットをつまんで風通しを良くするためにパカパカしている。


「去年はどうしてたんだ? 夏用のマスクとかあったり?」

「去年はマスク付けてない。パリにいたし」

「パリ⁈ イギリスじゃなくて⁈」

「そうだけど、イギリス?」

「イギリス行かなかったのか⁈」

「うん、行ったことないけど」

「イングランドは?」

「イギリスは連合国家だよ? さっきから無いって言ってるじゃん」


 佐々木は呆れ顔で俺を見てくる。

 え、金川流心がいたイギリス行かないなら、何のために佐々木は海外へ……?


「槇島くーん」


 階段から藍原と阿崎が観客席に来た。


「あ、佐々木ちゃんも一緒だ」

「藍原さん……昨日ぶりだね」


 佐々木は気まずそうに言う。

 やっぱこの2人、昨日なんかあったんじゃ。


「へーい槇島ぁ」


 阿崎が俺の肩に手をかける。

 こいつは連れてこないで欲しかったんだが。


「観客席に座って何してんだ? って、おやおや?」


 阿崎は俺の隣に座っていた佐々木の方に目を向ける。


「前に合コン来てた篠原さんじゃん?」

「佐々木ですけど」

「桜木さんかぁ」

「うざっ。槇島、こいつ殴ってもいい?」

「いいぞ」

「止めろよ! 親友だろ?」


 どの口が言ってんだよこの悪魔が。


「俺、今から藍原さんとメシ食いに行くんだぜ? 羨ましいだろ槇島ぁ?」

「え、わたしそんな約束してないけど」


 藍原がドン引きながら否定する。

 約束してないのかよ。


「俺たちのランチに、そちらの笹原さんとお前も誘ってやろう」

「だから佐々木っ」

「佐々本さんと槇島が来るなら、藍原さんも来るっしょ?」

「……ま、まぁ」


 複数人を巻き込むことで目標の藍原をメシに誘うとは……(死んでも見習いたくないけど)流石だぜ阿崎。


「よし決まりだな。時間もねーし行くぞー」


 藍原と一緒にランチを食べたいという阿崎の欲望に、俺と佐々木は付き合わされるのだった。

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