39話 身バレ寸前、絶体絶命……佐々木の香り⁈


 藍原さんの柔肌があたしの肌と重なる。


 転んだ拍子に藍原さんの方へと倒れ込んだあたしは、顔を上げた瞬間、鮮明になったその視界に違和感を覚える。

 いつもならメガネのせいで視野が狭い筈なの——に⁈


「メガネが無いっ」


 あたふたするあたしの顔を見つめる藍原さん。その大きな瞳をさらに大きく開きながら驚いていた。

 もしかしてバレ……た?


「えっ——と、佐々木ちゃんってメガネ外すとだいぶ印象変わるね?」

「そ、そそっ、そうかなぁ?」


 よ、良かった、この反応ならまだバレてなさそう。

 あたしは身体を起こし手探りで湯の底へ沈みかけていたメガネを見つけると、すぐにそれをかけた。


 普段から目を細めたり声を低くしたりして、別人っぽく振る舞ってるし、綺羅星絢音と同一人物なんて思うわけ——。


「似てる」

「……え?」


「佐々木ちゃんさ、元アイドルの綺羅星絢音に似てるとか言われない?」


 そう言われた瞬間身の毛がよだつ。

 まるで探りを入れるような質問。

 やっぱ、バレてる……⁈


「い、言われないよー」


 あたしは話を流そうと軽い口調で返事した。


「でもすごい似てるっていうか」

「そんなまたまた」


 必死なあたしのメガネの奥にある瞳を一心に見つめる藍原さん。

 明らかに疑っている顔だ……。


 あたしと綺羅星絢音が同一人物なんて、槇島とカフェの店長くらいしか知らないし、これ以上知ってる人を増やしたら、そのうち大変なことになっちゃう。

 だからこっちだってバレるわけにはいかないし、ここは——。


「なんか火照っちゃって。フラフラしてるし、あたしはもう出るね」


 一旦、離れよう。


 あたしが立ち上がるのと同時に藍原さんも立ち上がった。


「1人じゃ危ないし、わたしも出るよ」


 藍原さんの善意を断ることもできず、あたしは、うん、と頷いて藍原さんと一緒に温泉から出た。


 ✳︎✳︎


 ……佐々木ちゃんの、あの目。


 温泉から出て、佐々木ちゃんと並んで髪を乾かす。

 隣で短い髪を丁寧に乾かす佐々木ちゃんを横目で見ていた。

 普段から目を細めてるけど、メガネが落ちた瞬間宝石みたいに綺麗で大きな瞳に変わり、ついわたしの視線も引き込まれていった。


 マスクがあってよく見えないけど、目元が綺羅星絢音似てるというか……似すぎているというか。

 でも、こんなところに綺羅星絢音がいるわけないし、そもそも佐々木ちゃんは同い年なんだから、色々と現実的じゃないよね。


 着替えを済ませ、荷物をまとめてから温泉を出る。


「佐々木ちゃん、具合はどう?」

「もう大丈夫」


 佐々木ちゃんはそれだけ言って足を止めた。


「あたしここのホテルに泊まってるから、もう部屋に戻るね。色々と迷惑かけてごめんね藍原さん。もう少しゆっくり入りたかったんじゃ」

「そんなことないよ! あたしもマネージャーの先輩たち待たせちゃってるしちょうど良かったから。気にしないで」

「……うん、それじゃあ、おやすみ」

「おやすみー」


 佐々木ちゃんはエレベーターの方へ歩き出した。


 佐々木ちゃんのあの慌て様……見てたら、何かあると思わざるを得ないけど、もしかして綺羅星絢音の親戚だったとか? それとも生き別れの姉妹とか?


「ないない。それなら佐々木ちゃん、話してくれるもん」


 変に疑うのはやめよ、佐々木ちゃんは佐々木ちゃんだもん。

 わたしは先輩たちが待つロビーの方へ向かった。


 ✳︎✳︎


 久しぶりの温泉を楽しんだ俺は、ポカポカした気持ちで出てきた。


「ふぅ……気持ちよかった」


 チャン先輩の力を借りた阿崎は覗きを試みた阿崎だったが、どうやら目的が来ることはなかったらしく、げっそりした顔で先に温泉から出て行った。(何を見たのやら)


 チャン先輩は超長風呂で、さらにサウナにも寄ってから帰ると言っていた。


「あ、槇島くん?」


 俺が1人で部屋に戻ろうとしていた時、エレベーターの前で誰かが俺を呼び止めた。


「おお、藍原。どこか行ってたのか?」

「実はね——」


 耳を貸すように言われ少ししゃがむ。


「ごにょごょー」

「なるほど。阿崎のバカが覗きをするから、近くにある別の温泉に行ったと」

「う、うん」


 藍原が苦笑いを浮かべた。


 生きてるだけで他人に迷惑をかけてしまうとは、なんとも哀しき男だ。


「エレベーター来たよ、槇島くんっ」

「おう」


 藍原と2人でエレベーターに乗った時、俺はある事に気がつく。


 ——あれ、この匂いは、佐々木⁈


 ✳︎✳︎

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