38話 ヒロイン同士で温泉へ。何も起きない筈もなく……。


 ど、どど、どうしよう!

 浮かれて人が沢山いる温泉なんかに来ちゃったのが、こんな形で仇になるなんて。

 脱衣所の中からは、温泉を楽しみに来ている若い女性客やツアー客っぽいおばさん連中の浮ついた声が聞こえる。

 人もそこそこいるみたいだし……しっかり隠さないと。

 藍原さんに手を引かれて脱衣室に入り、並んでロッカーに着替えなどの荷物を入れる。


「わたし温泉なんて久しぶりー、佐々木ちゃんは?」

「あたしも、久しぶり」

「ブクブクするお風呂のあるかなー? サウナにも入りたいよね!」


 あたしは頷きながら服を脱ぎ始める。

 服、下着を脱いでバスタオルを身体に巻き、目にも留まらぬ速さで温泉用のマスクに変えて——。


「あれ? 佐々木ちゃんって花粉症だからマスクしてるんだよね? お風呂までしてないといけないの?」

「……スギのお風呂とか、あるみたいだからしておかないとダメでー」


 機転を利かせてそう答えたけど……。「ならなんでここの温泉来たの?」って疑われるんじゃ。


「へぇ……花粉症大変だね。マスクで酸欠になったり、気分悪くなったらすぐ言ってね」


 あ、藍原さん優しすぎでしょ。

 この子、疑うことすらしないタイプだ。

 歳下なのにあたしよりお姉さんっぽい……これは、まずい。


 あたしの中のライバル心が沸々と湧き上がる。


「裸の付き合いになっちゃうねー、あはは」


 性格や言動もほんわりしてて、サッカー好きで、何より身体付きが……。

 赤いジャージのファスナーを下げた瞬間、飛び出てきたのは富士山級マウントフジきゅうのたわわな果実。


 槇島がタンスに隠してた"アレ"の女優さん並みに、お、大きい……。


「ちょっ佐々木ちゃん! あんまり……見ないで」


 あたしがジト目で見ているのが気づかれてしまい、藍原さんはすぐに胸元を隠した。


「佐々木、ちゃん?」

「…………」

「無言やめて!」

「…………」

「なんとか言ってよー!」


 ✳︎✳︎


 あたしは引き続き富士山(形容)を見ながらバスチェアに座り、藍原さんと一緒にシャワーを浴びていた。

 何を食べたらあんなに大きくなるんだろ?


「ねえねえ。せっかくだから佐々木ちゃんのシャンプー使ってもいい? いつも良い匂いだから気になっててさー」

「うん、いいよ」

「やったー」


 あたしは持ち運び用のシャンプーボトルを藍原さんに渡す。


「ふあぁ、やっぱ良い匂いだぁ。美容院とかにあるお高いシャンプーみたいな」

「そうかな?」

「うん。さすがだよー」


 愛嬌があって、表裏も無さそうな上に、お、おっぱいも大きい。こんなに恵まれている上で、藍原さんは普通の女子大生みたいな生活をできてることに羨ましく思う自分がいた。


 あたしも元芸能人なんかじゃなかったら、槇島の隣でずっと顔を見せてあげられる……のに。


「佐々木ちゃん大丈夫?」


 藍原さんは心配そうにシャワーに打たれるあたしの顔を覗き込む。


「だ、大丈夫! 早くお湯に浸かりたいなーって思ってて」

「ならさ、身体洗いっこしようよ」

「え、でも」

「いいからいいから」


 藍原さんは自分のバスチェアをこちらに向けて、あたしに背中を向けるように促す。

 あたしは仕方なくバスチェアを横にすると、藍原さんに背中を見せた。


「よ、よろしくお願いします」

「はいはーい。わぁ、佐々木ちゃんの背中綺麗……。肌白な上にこんなスベスベなんて」

「藍原さんあんまりさわ、ひゃんっ」

「ごめん、もしかして背中弱かった?」

「……う、うん」


 藍原さんはあたしのボディタオルを持つと泡立てながら背中を洗ってくれる。


「お客さま〜、痒いところありませんか〜?」

「な、ないよ」

「じゃあ〜、くすぐってもいいですかー?」

「ダメ! 背中弱いってさっき言ったじゃん!」

「あははっ。ごめんごめん」


 お互いに身体を洗い合ったら、やっと温泉の中へ。

 露天風呂から見える夜空は格別で、もう狭いお風呂には入りたく無くなるくらい。

 しっかり肩まで浸かりながら、あたしは立ち上る湯気をぼんやりと見つめた。


「気持ちいいねー。風も直接入って来るし」

「うんー」


 メガネとマスクが無ければもっと気分良く入れるんだけどなぁ。


「ね、佐々木ちゃん」

「どうしたの?」

「今日の試合なんだけど……観にきたのって槇島くんから誘われたからだったり?」

「ち、違うよ。たまたまあいつから電話が来て、ゴールデンウィークに試合するって聞いたから、暇だし行こっかなって思っただけ」

「そ、そっか」

「急にどうしたの?」

「えっと……」

「?」

「さ、佐々木ちゃんがさ、もしかして槇島くんと」


「藍原ちゃーん」


 その時、さっき藍原さんと一緒に来てた女性2人が声をかけてきた。


「あたしら先に上がるねー。温泉の前でのんびりして待ってるからゆっくりでいいよ〜」

「は、はい! わかりました」


 2人が先に出ていく。

 あの人たち、マネージャーの先輩とかかな?


「藍原さん、サッカー部のマネージャーやってるんでしょ? 頑張ってるね」

「う、うん。先輩たちも優しいし結構楽しいよ。佐々木ちゃんもどう?」


 そりゃ……事情が無ければあたしもやりたい、けど。


「あたしは無理かな。藍原さんほどサッカー知らないし……それに、趣味のために時間欲しいから」

「たしか……カフェ巡りが趣味なんだっけ?」

「うん、中でもパンケーキが好きで、いつも色んなカフェを巡って食べててね、この前行ったカフェにはふわふわでとろとろの——」


 藍原さんの不思議そうな顔を見て、あたしは我に帰る。


「ご、ごめん! 急に語り出しちゃって」

「ううん気にしないで。佐々木ちゃんも可愛いところあるなって、思っただけ」

「可愛いところ?」

「ゼミのみんなでいる時は、クールで大人びてるなぁって思ってるけど、好きな物のことになると素が出るところとか、可愛いなって」


 温泉のポカポカとは別に顔が熱くなる。


「も、もう出よっかな!」


 あたしは赤くなった顔を隠しながら立ち上がる。


「もぉー、佐々木ちゃん照れてる〜」

「て、照れてなんっ——えっ」

「佐々木ちゃんっ?」


 立った直後だった。のぼせていたのか突如視界がふらついて足を滑らせたあたしは藍原さんの方へ倒れ込む。


「あたた……。さ、佐々木ちゃん大丈夫⁈」

「だっ、大丈夫大丈夫!」


 お湯の中へと倒れ込んだあたしは、目の前に藍原さんの胸があったことで、顔が挟まり、藍原さんに抱きしめられる形でなんとか助けられた——はず、だった。


「ごめん藍原さ……ん」


 身体を起こそうとした時にはやけに視界が明瞭になっていて。


 ……あれ?


 あたしは目に手を当てる。


 め、メガネが、無いっ!


「佐々木、ちゃん……?」


 藍原さんは自分の胸に挟まったあたしの顔を見ながら唖然としていた。


 ✳︎✳︎

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