37話 合宿1日目終了と、温泉パニック⁈


 ——試合終了の笛が鳴り響き、選手たちは荒い息を整えながら整列する。


 終わってみれば3対0の圧勝。


 後半も阿崎のアシストで俺が得点したので、結果的に2得点の活躍をした。

 阿崎は1得点2アシスト。相変わらず俺は阿崎の能力に生かされている感があり、それは否めないが……結果は結果だ。


 それに——。


 俺は観客席にちょこんと座る佐々木の方へ目を向ける。

 今回はちゃんとさまになったゴールを佐々木に見せることができて良かった。


「お疲れさん槇島」

「お疲れっ。槇島くん」


 阿崎は俺の背中を叩き、藍原はタオルを持ってきてくれた。

 俺はそのタオルを受け取って頭にかける。


「今日は2得点だね。1点目の先制点も凄かったし、2点目も綺麗に流し込んだね」

「2点目はごっつあんゴールみたいなもんだったけどな」

「そんなことないよ! アシストした阿崎くんの位置からは角度無かったし、槇島くんのポジショニングが光ったゴールだよ」

「そうだぜ槇島。藍原さんに褒めてもらえてるんだから素直にデレとけ」


 そう言いながら阿崎は俺の頬っぺたをつねってきて、「おい、今のうちに俺にも(恋愛の)アシストを寄越せ」と耳打ちしてくる。


「あ、藍原? 阿崎も良かったよな」

「う、うん! 阿崎くんのパスで何度もチャンスメイクしてたし、槇島くんと息ピッタリで」

「だってよ、良かったな阿崎」

「ふふん。なぁ藍原さん、今晩良ければ部屋でお茶とか、ゲームしない?(汚いイケボ)」

「えーっと。ちょっと嫌かな……」


 阿崎は白目を剥いて、どっかへ消えた。

 試合で結果を残しても本命相手に結果を残せないとは。


「それはそうと、怪我しなくて安心した」

「まだ気にしてくれてたのか?」

「当たり前だよ、約束破ってまたダイビングヘッドするんじゃないかって、監督と2人でハラハラしてたんだから!」

「そっか、要らない心配かけてごめんな。あとタオルありがと」


 俺はタオルを畳み、藍原に渡す。


「残りの試合も頑張ってね槇島くん」


 俺は自信有りげに頷いたが、脳震盪後の出場時間の兼ね合いで、残りの2試合は、短い時間の途中出場しかなかった。


 ゴールデンウィーク合宿1日目は、2ゴールで終わった。


 ✳︎✳︎


 合宿1日目の日程が全て終了し、競技場からバスで宿舎のホテルに向かう。

 聞いた話だとなかなか良さげのホテルらしく、プールと温泉があるし、メシも美味いらしい。

 思い返せば高校時代の合宿なんて、臨海学校施設みたいなところにぶち込まれて床で10人くらいと一緒に寝てたもんなぁ。

 それに比べて今回はベッド有りの3人1部屋だし、ストレス無く休めそう——。


「と、思ってたんだけどなぁ」


 ショルダーバッグを肩にかけて部屋に入ると、そこには天パを整えるアホな阿崎と長身の男子が荷物を広げ、ゆったりと寛いでいた。


「ランダムで決まる部屋割りなのに、なんで阿崎と一緒にならないといけねーんだよ!」

「いいじゃねーか槇島ぁ。仲良くヤろうぜぇ」

「……はぁ、それともう1人」


「オオ! マキちゃん! 久しぶりぃ!」


 片言の日本語を喋る長身男子がベッドから起き上がって俺に抱きついてくる。


「ちゃ、チャン先輩、お久しぶりです」

「この無駄にデカい人、槇島の知り合いだったのか?」

「おい阿崎! 先輩だぞ」

「大丈夫大丈夫。みんな友達、だからさっ」

「でもチャン先輩」


 身長200cmという長身で高東大学Aチームの正GKを務める2年生のチャン・グミン先輩。

 チャン先輩は韓国と日本のハーフで、俺が東京フロンティアJr.ユース(中学生)の頃に1個上の代の主力として活躍していた。

 俺と違ってユースに昇格したチャン先輩だが、成長痛や怪我で3年間スタメンを奪えず、ユースを出てからは高東大学にやってきて、そのデカすぎる体躯を生かしたダイナミックなセービングで1年時から正GKの座に君臨していた。


「部屋割りってAチームとBチーム混ざってるんですね……なおさら阿崎と一緒なのが仕組まれているような」

「なんもしてねーって! ……そんなことよりも、行くぞ槇島」

「行く?」

「温泉だよ温泉」


 ✳︎✳︎


 俺とチャン先輩は阿崎に連れられて温泉にやってきた。

 脱衣所のカゴに脱いだ衣服を置き、下半身はタオルを巻く。


「チャンパイセン」

「なんですか?」

「ゴニョゴニョ」


 こいつ何かよからぬ事を考えているんじゃ。


「阿崎くん! ダメですよ覗きなんて!」

「なんで喋っちゃうんだよ! チャンパイセン!」

「はぁ……。どうせそんな事だと思ったよ」

「だってよ、藍原さんが靡いてくれないんだから、もうこの目で見るしかねーだろ!」


 碌な事考えねえなこいつ。


「せっかくここに2メートルのパイセンがいるんだ、これはもう塀を乗り越えて覗き見しろって言ってるようなモノだろ!」

「チャン先輩、こいつ殴ってもいいっすよ」

「ええ……。でもマキちゃん、ボクが本気で殴ったら、阿崎くんの鼻バキバキに折れちゃうよ!」

「チャンパイセンめっちゃ怖いな、おい」


 その後も覗きを諦められない阿崎を置いて、俺は先に中へ入る。


 湯煙に支配された露天風呂は、床も石畳

 見上げると綺麗な夕焼け空が広がっている。

 炭酸泉もあるし、さっさとシャワー浴びて入るか。

 足を滑らせないように気をつけながら、ずらっと横一列に並んだバスチェアとシャワーの1スペースを借りる。

 先に来ていた高東の選手たちがバスチェアに腰を下ろして、身体を洗い流していた。

 まぁ、中には阿崎と同じ考えのバカもいるようで、男湯と女湯の堺にある塀の前で何やら作戦を練ってる奴がいた。


 俺はその連中を白い目で見ながらシャワーヘッドを手に取った。


 ✳︎✳︎


 ホテル到着後、わたしたちマネージャーは、選手たちの使ったユニフォームなどを入れたカゴを洗濯室に持ってきた。

 洗濯機にそれを入れたら洗剤と一緒に回して、しばしガールズトークに花を咲かせる。

 仲の良いマネージャーの先輩と話していたら、後から来たマネージャーの先輩が何やら話を持ちかけてきた。


「ねーねー、今年どうする?」

「あー、温泉のこと? そうねぇ……去年はチャンくんを利用して壁をなんとか越える奴が出てきて危うく見られるところだったし」

「見られるって何のことですか?」


 わたしが何の話だろうと首を傾げていたら、後から来た先輩が説明をしてくれる。


「うちってバカが多いでしょ? それで去年、女子風呂覗こうとしたバカがいてー」


 の、覗き……? 温泉で?


「いたよねぇ。今年の1年だと阿崎がやりそうだけど」

「あいつさ、この前私のことめっちゃジロジロ見てきたんだよね」

「あたしもー。マジキモいよね?」


 先輩たちは、好き放題阿崎くんの悪口を並べる。

 た、たしかに阿崎くんは、ちょっとアレだけど……。


「あ、あの!」

「どしたの藍原ちゃん?」

「あ、阿崎くんは……」


 確かに、気持ち悪い……けど。

 けど!


「…………やっぱ気持ち悪いですよね」

「「だよねー」」


 ごめん阿崎くん、弁解できない……!


「じゃあ阿崎たちをあざむくためにも、あの手を使うことにしよう」

「あの手?」

「この近くに別の温泉あるの。だから今年はあっち使わない?」

「それいーねー! 藍原ちゃんも来るでしょ?」


 先輩たちの言う通り、阿崎くんは覗きとかやりかねないし……そうしようかな。


「い、行きます」

「じゃ、洗濯終わったら行こっか」


 ✳︎✳︎


 槇島の試合が終わった後、あたしは予約していたホテルにチェックインした。


 槇島と話したかったんだけど、なんか近くに藍原さんがいて話しかけられなかった。

 マネージャーかぁ、いいなぁ。


 あたしもマネージャー、やってみたかったなぁ。


 ……でも、無理だよね。

 顔バレしたら終わりなんだし。


「そんなことより! 今日は日中結構暑かったし、お風呂入りたーい」


 気分転換に、1階にある露天風呂行っちゃおっかなぁ。

 でも人が多かったら、マズいよね。


「うーん。とりあえず様子を見に行って、人が多かったら部屋のお風呂にしようかな」


 あたしは荷物をまとめて部屋を出る。


 温泉かぁ……もし入れたら何年ぶりだろ。


 アイドルになってからというもの、大衆浴場は行ってないかなぁ。

 ロケで何回か足湯に入ったことはあるけど。


「人少ないといいけど……」


 1階の温泉へ、確認がてら入ろうとしたその時。


「あれ、佐々木ちゃんっ!」


 背後から聞こえたその声に身体がビクッと反応する。

 この声……っ、藍原さん?

 振り向くとそこには、赤いジャージを着て大きめの袋を抱えている藍原さんがいた。


「この子、藍原ちゃんの友達?」

「はい! 友達なんです!」

「じゃ、あたしら先に行ってんねー」


 藍原さんと同じ赤色のジャージを着た2人の女子が先に温泉へ入って行く。


「佐々木ちゃんも来てたんだ? もしかして槇島くんの応援?」

「えーっと、そんな感じ、かな」

「そっかー。わたし、佐々木ちゃんが高校サッカーだけじゃなくて大学サッカーもハマってくれて嬉しいよー」


 藍原さんの純粋無垢な眩しい笑顔が向けられる。

 ごめん藍原さん。あたしサッカーにハマってるわけじゃ無くて……。


「佐々木ちゃんもこの温泉来たんだよね?」


「え」


「さ、行こ行こ」


 藍原さんはあたしの手を引っ張って女湯へ。


 え、これって、ヤバいんじゃ。


 ✳︎✳︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る