34話 合宿に向けて、おやすみ電話


 阿崎と共に練習前の軽いランニングを終わらせ、アジリティトレーニングをするために、グラウンドの横にある室内練習場へ向かう。


 するとそこには——。


「槇島くん久しぶりっ。元気そうで良かった」

「あ、藍原?」


 室内練習場の中央で、藍原がラダーを敷いている。

 高東サッカー部の赤いジャージを着てるし、これは一体。


「なんで、藍原が……ここに?」

「この前病院の帰りに阿崎くんから誘われて、サッカー部のマネージャーになったの。サークルとか入ってなかったし、サッカー部のマネージャー募集とか今まで無かったから、なれるなんて思ってなかったんだけど」


 なるほど、そういうことか。

 前に藍原はプレイヤーでなくてもサッカーに関わっていたいと言っていたから、かなり嬉しそうだった。

 マネージャーになった藍原は普段と髪型が違っていて、サイドアップの髪を流していた。

 それに着ているジャージも胸元の大きさを考慮して大きめの物を選んだようだが、そのせいで全体的にぶかぶかになっている。


「槇島くん、どうしたの?」

「な、なんでもない。これからよろしくな藍原」

「うんっ」


 阿崎のやつ、偶にはいい事するじゃねーか。


「ラダー敷いておいたから。アジリティトレーニング頑張って」


 藍原はその後も慣れた様子で、テキパキと仕事をこなしていた。


「藍原さんの萌え袖ジャージ姿、最高だろぉ?」


 ラダーでトレーニングをしながら阿崎が話しかけてきた。

 萌え袖とか今日日きょうび聞かないな。


「お前って合コンとヤることしか頭に無いと思ってたけど。意外とまともな誘い方もできるんだな」

「それ褒めてねーだろ」

「まぁ? 性格最低の阿崎にしてはいい事したと思う」

「なぜ上から……。いいか槇島、藍原さんは俺のだからな。お前は、例の気になってる子だけに集中しろ、判ったな?」

「はいはい。……ってかお前、この前の合コンでアリストのお姉様方とよろしくやってたろ」


 阿崎は親指をグッと立てる。


「最高だったぜ」


 こいつ……やっぱ最低だ。


「男ならヤれることヤッておかないとダメだ。その数の分本命の藍原さんが愛おしくなるんだ」

「お前、そーいう所だぞ」


 さっき上昇した株を一気に下落させる阿崎。

 俺は阿崎のケツを蹴ってからグラウンドに戻った。


 休部という名の練習禁止令から1週間。

 アップシューズからスパイクに履き替えて芝を踏み、久々のボールを足裏で転がす。


「どした? 久々のボールに感動してるのか?」

「当たり前だ。それにボールだけじゃない。芝の匂いと風の音。全部に感動してる」

「相変わらず青臭いな槇島」


 俺が感慨深くボールに触れていると、監督が腰を上げてグラウンドに歩いてきた。


「おい、お前ら集まれ」


 監督が選手を集め、今日のメニューを伝える。


「以上が今日の練習メニューだ。それと来週の合宿の日程が決まった。3日間全部試合を組んである。Aの監督も来る、爪痕残せよ」


 それを聞いた瞬間、無知の1年生は騒つき、先輩たちは覚悟の顔をしていた。


 俺と阿崎は先輩同様に既に覚悟が決まっている。


 クズでキモいけどサッカーの才能だけなら既にプロクラスの阿崎。

 ……こいつにゴール前まで運んで貰えば、俺の強みを出すことができる。


「なあ阿崎、合宿までに俺たちのパターンを増やそう」

「おいおい、怪我明けなのにフルで行けるのか?」

「やるしかねーだろ……。俺たち2人で、1軍に行くんだ」

「……そだな」


 こうして、合宿までの練習が始まった。

 阿崎は性根が腐った最低な奴だけど、こいつはずっと俺を信じてパスをくれた。

 なら俺も、阿崎を信じるしか無い。


 阿崎のパスは、1軍に繋がっている。 

 それを捌けるかどうかは、俺次第なんだ。


 ✳︎✳︎


 ——合宿前日の夜。


 合宿を明日に控え、俺はショルダーバッグの中に荷物を詰めていた。

 3日分のストッキングや練習着、ユニフォームを一つ一つ確認しながら詰める。


「やっべ、携帯用の歯ブラシ買ってくるの忘れた」


 俺は洗面台の棚にあるはずの新しい歯ブラシを取り出そうと思って手を伸ばすが、歯ブラシを切らしているのを思い出す。


「そっか、この前佐々木のために1本開けたんだった……」


 いつも使ってる歯ブラシの隣にあった、佐々木の歯ブラシを見た。


 ……佐々木。


 合宿が始まったら連絡できないし……電話でもしておくか?

 スマホで『電話できるか?』と送ると、佐々木の方から電話がかかって来た。


「もしもし?」

『もー槇島ぁ? もしかして寂しくて電話してきたのー?』

「違ぇよ。明日から合宿だから。電話とか連絡できなくなるし」

『つまり寂しいんでしょ?』

「違ぇって……」

『ならなんで電話したがってたの?』

「そ、それは……。俺、明日から頑張ってくるからさ、1軍上がったら……その、褒めてくんね?」


 何言ってんだ俺……!

 これじゃまるでただのかまってちゃんみたいな。


『褒めるに決まってんじゃん! 槇島なら絶対上がれるし! あたし、今からお店予約しとくから!』

「おいおい、早まるなって。期待しすぎて上がれなかったらどうすんだよ」

『その時は、一緒に反省会、だね』

「一緒に……」

『予約しとくからねー。次はどこのカフェにしよっかなぁ』

「また甘味かよ!」


 でも、いつもの佐々木で安心した。

 次話せるのは4日後。

 俺は佐々木を振り向かせるためにも、絶対、1軍に上がって、金川を倒す。


『ねぇ、合宿ってどこでやるの?』

「千葉だ」

『試合は?』

「そりゃ、やるけど」

『会場は⁈』

「……まさかお前、観に来るとか」

『当たり前! 観たいもん! そうだ。観戦がてら旅行で千葉に3日間泊まっちゃおっかなぁ』

「はぁ……気楽そうでいいな」


 俺は壁に掛かった時計に目を向ける。

 佐々木の声が聞けたし、そろそろ寝るか。


「まだ早いけど、俺もう寝るわ」

『うん! 試合の会場教えてね』

「判った。じゃあ……おやすみ」

『おやすみ〜』


 電話を切って、スマホを充電器に挿す。

 1軍に上がらないといけないし、佐々木も観に来る……。

 この前みたいな情けない姿、これ以上あいつに見せられないだろ。


「……こっからは、一つも負けられねぇ」


 合宿という名のサバイバルが始まる。


 ✳︎✳︎

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