33話 明かされる佐々木の本心、次への闘志
水城さんと別れた後、俺は早足で部屋に帰ってきて、すぐにノートパソコンを開いた。
Webブラウザを立ち上げると綺羅星絢音が3年前にしていた仕事をメモに書き起こす。
「ドラマに映画、レギュラー番組で『綺羅星絢音のパンケーキ旅』や『
佐々木って、すごい数の番組出てたんだな。(にしても甘味系統が多いような……)
こんだけ番組があると、全然絞れねぇな。
「それでその年の最後に高校サッカー選手権の公式マネージャー……っ」
……待てよ。
佐々木は応援される側からする側にって言ってたんだよな。
だとしたら、サッカー選手の可能性も無きにしも非ずってことか?
それに水城さんによれば、佐々木は引退後、男のために海外へ飛んだ……? らしいし。
「あくまで仮定だが、あの年の高校サッカー選手権の中に、その相手がいるとしたら、高卒後そのまま海外へ行った選手の可能性もあるのか」
3年前、つまり俺が高一の時に、そのまま海外へ羽ばたいたのなんて1人しかいない……。
「その年の選手権を制覇した、鳥取代表、因幡総合高校の英雄・
金川流心、身長192cmの長身から、頭と両足、どこからでも得点できる万能型ストライカー。
将来性を期待されて高校卒業後にイングランド1部リーグの6強に18歳で加入し、ポスト御白鷹斗と呼ばれていたが、言語力とメンタルの不調に悩まされ、1年で契約解除。
「日本に帰国後、N1リーグのレジェンデ川崎に所属……現在はレンタル先のN3リーグ小田原ユナイテッドに」
落ちるところまで落ちてるな……俺が言えることでは無いけど。
しかし、金川流心は奇しくも佐々木と同じタイミングで海外へ飛んで、同じタイミングに日本へ帰ってきた。
佐々木が海外に飛んだ理由も、3年前選手権決勝で見かけた金川流心を追いかけたから……なら説明がつく。
名推理。探偵になれるんじゃね?
「それに小田原ユナイテッドは天皇杯の1回戦で当たる」
……つまり、ワンチャンあの高校サッカー界の英雄・金川流心と話す機会もあるが、当の俺が5月下旬までに1軍にいないと、天皇杯には登録してもらえない。
つまり、5月中に1軍のメンバーに食い込まないといけない。
最大のアピールチャンスは来週から始まるゴールデンウィークの合宿。
金川流心と面識を持てば、佐々木に紹介することもできる。
俺はその目標を胸に、1軍昇格へ向け覚悟を決めた。
✳︎✳︎
デートから帰ってきてお風呂の湯を張っている間、あたしはずっとカチューシャを眺めていた。
アイドル時代からイメージカラーは赤寄りの色だったけど、槇島が選んでくれたのも同じ赤だったのがちょっと嬉しかった。
今日は手を繋いだり、カチューシャ買って貰ったり、カフェ巡りに付き合って貰ったりして、満足な1日だった。
それにしても今日の槇島、急に手を繋ぎたいとか言うし……一晩泊まったからなのか、かなり距離も縮まったよね……。
「あいつ、絶対あたしのこと好きじゃんっ」
ベッドの上に座り、イルカのぬいぐるみを抱きしめる。
「むふぅーっ」
ニヤけ顔をぬいぐるみにこすり付けて悶える。
今思えば、長い道のりだった。
アイドル引退後、ほとぼりが冷めるまでは日本で生活できないと思ったあたしは、一度日本を出てパリで浪人生活を送った。
1年のパリ留学は、姿を消すことと、語学留学の意味合いがあったけど、実はもう一つ、目的があった。
それは——槇島と同じ大学に行くため。
3年前の高校サッカー選手権の決勝。
公式マネージャーとしてスタジオに呼ばれたあたしは、満員の国立競技場に星神学園高校が来ることを心待ちにしていた。
選手権以前の公式マネージャーの仕事で、出場有力のチームの星神学園高校を取材するためにあたしは富山まで赴いた。
星神学園は、飲んだくれの監督にむさ苦しい男しかいない男子校で、印象は最悪だったけど、その中で1人——男子校の雰囲気とは真逆の、オーラを放つ選手がいた。
星神学園高校1年生9番——槇島祐太郎。
見えないところから現れてワンタッチで次々とネットを揺らす俊敏さとスマートな立ち姿。
身体が他の男子みたいにゴツゴツしてなくて、顔もカッコよくて、まるで王子様みたいで……。
星神学園の岸原監督から稀代のワンタッチゴーラーと称された彼はどんな体勢でも足を伸ばしてゴールを決める。
試合中は真剣な顔をしてるのに、ゴールした後は必ず満面の笑みを見せるギャップ。
そんな彼を見たら、じんわり胸が熱くなって、目が離せなくなって。
あたしは無意識にスマホのカメラを向けていた。
冬の選手権、彼にインタビューすることが出来たらこの想いを伝えよう。
あたしは自分の職種(アイドルということ)すら忘れて、1人の女子高校生としてその想いを持ってしまった。
サッカーに関して無知なあたしは、当然、星神学園の槇島祐太郎が選手権に来ると思ってたし、選手権の最優秀選手インタビューでは、槇島祐太郎と2人で話せると思ってた。
しかし、その年のインタビュールームに、槇島祐太郎が来ることは無かった。
それどころか、星神学園は富山県予選で散っていたのだ。
それ以来、あたしの中では、1回でいいから槇島祐太郎と会話してみたいという気持ちが強くなっていった。
最初はそれだけの気持ちだった……でもいつしかその気持ちが膨らんでいって——。
「……一番近くで応援したい。槇島を」
ピピピ、という湯張り終了のチャイムが部屋に響いた。
✳︎✳︎
脳震盪で休部になってから1週間が経ち、俺はついに練習に復帰した。
久しぶりの練習着、久しぶりのアップシューズ。
俺は練習開始早々、監督に呼び出される。
「1週間、ちゃんと休めたか?」
監督はさっきまで白髭を撫でていたその手で、今度は俺の頭を撫でる。
うわっ、白髪が……俺の髪に……。
「どした?」
「な、なんでもないです……」
「お前、こっそり練習とか、してないな?」
「はい!」
「……ならいい。無茶だけはするな。ワシが1軍の首脳陣にどれだけお叱りを受けたか判ってんのか⁈」
「す、すみませんでした。無駄に
「そうじゃなくてだな。首脳陣はお前の——いや、いい。とりあえず来週の合宿までにコンディション戻しとけよー」
監督の話が終わり、俺はストレッチの円陣に戻り、阿崎の隣に座るとストレッチを始める。
「阿崎」
「復帰おめでとさん」
「その……」
「どした? 復帰早々にどっか痛いのか?」
「そうじゃない……。変なこと聞くけどさ、来週のゴールデンウィーク合宿で結果残したら……俺は1軍に上がれると思うか?」
「お前がそんなこと聞くなんて……どんな風の吹き回しだ?」
「……それがさ」
珍しく俺は阿崎に悩みを打ち明けた。
それくらい、今の状況は1人で抱え込むには重すぎたからだ。
「ほう……つまり、気になってる子が小田原ユナイテッドの金川流心が好きだから、知り合いになって会わせてやりたい?」
「あぁ、簡単に言えばそんな感じで」
「お前……なに甘ったれてんだッ!」
阿崎は怒鳴りながら思いっきり俺の顔をぶん殴る。
こ、こいつ、脳震盪で復帰した人間を殴りやがった。佐々木でさえ、ここ最近は殴らなかったのに!
「おまっ! 急に何すんだ!」
「お前はその子のこと気になってるんだろ? ならよ、金川流心なんかぶっ倒して、こんなやつより俺と付き合え! って言って見せろ!」
「付きっ⁈ か、簡単に言うけどな、相手はあの金川流心だぞ?」
「……仮に負けても、金川より俺の方が顔いいから付き合えって言え」
「ダサいだろそれ」
阿崎は冷たいスクイズボトルを持ってくると、俺の頬を冷やす。
「殴ってごめんな。でも俺はお前のためを思って」
「DV彼氏かお前は」
「とにかく! 金川流心をぶっ倒して、天皇杯でゴールとその女どっちも獲ればいいじゃねーか」
阿崎は先に立ち上がると、座る俺に手を伸ばす。
そりゃ、俺だってそうしたいけど。
「槇島は好きなんだろ? その子のこと」
佐々木の初恋を聞いてから、ずっと邪魔したくないと思っていたけど……悪りぃ佐々木。
俺は阿崎の手を取って立ち上がる。
今日だけは……阿崎の言うことが正しい。
「……判った。俺が間違ってた」
「やるんだな槇島? 相手はプロだぞ?」
「発破かけたのはお前の方だろ」
阿崎は俺のケツを平手打ちして、ランニングを始める。
「まずは軽く結果出して1軍入るぞ。槇島」
「おう」
俺は頷いて阿崎の隣を走り出した。
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