32話 真実と勘違い・加速する恋の行方


 胃拡張と気苦労が絶えない1日が終わり、佐々木を駅まで送ったら、やっと帰路についたと思ったら、スマホに着信が入る。

 この番号……水城さんか。


「はい。槇島です」

「すぐそこの広場……時計台の前にあるベンチで待ってる」

「曲の方はどうです? 参考になりました?」

「そんなことより話したいことがあるから」


 そう言って水城さんは電話を切った。


 この様子だと……俺と佐々木が付き合ってないのがバレたみたいだな。

 水城さんほどの慧眼の持ち主なら、そんなことくらい見破れるのかもしれない。


 俺は怒られることを覚悟して、近くにあった広い公園に向かうと、時計台前にあるベンチに座った。


 しばらくすると、3人掛けのベンチに1つ間隔を空け、無言で誰かが座った。

 この香水は……水城さんだ。


「お、お疲れ様です、水城さん」


 お互いに目を合わせることなく、ただ前を見ながら会話が始まる。


「あなた、わたしを騙したの?」


 単刀直入。水城さんはいつもよりも冷ややかな口調でそう言った。

 それを聞いた瞬間、俺は背筋に寒気がする。


 やっぱりバレたか。

 いつも通りにデートして、カップルアピールをしなかった弊害がこんなにもあっさり現れてしまうとは。


「す、すみませんでした」


 夕焼け空の下、俺は水城さんの方を向いて深々と頭を下げる。

 こうなった以上、正直に謝るしか無い。


「俺、嘘つきました」

「そうね……。でも、嘘と言うより隠し事と言うのが正しいと思うけれど」

「隠し事?」

「なんでそんな事したのかしら」


 水城さんはサングラスを上げると、目で怒りを訴えてくる。

 ちゃんと、全部説明しないとな。

 俺は一呼吸置いてから、本音をぶつけることにした。


「……こっ、怖くて」

「怖い?」

「水城さんとデートして、週刊誌に取り上げられたりしたら、俺は全てを……サッカーを失う。それが怖かったんです!」


 俺が本音をぶつけると、なぜか水城さんは身体を震わせる。

 震えるほどの怒り……なのか?


「あなた、それ正気で言ってるの?」

「ごめんなさい!」

「謝る必要は無い、けど。本気で週刊誌が怖いと思っているなら今すぐあなたたちは別れた方がいい。と言うか、なぜ別れないの?」

「え……?」

「わたしと居ることには警戒心を持てるくせに、なんであなたはあの子と付き合っているの? さっきから言ってることとやってる事が矛盾してるわよ」


 水城さんは何を言ってるんだ?

 それに矛盾って何のことだよ。


「え……だから付き合って無いんですって。あれは全部嘘で」

「嘘……? それに、付き合って無い? どう言うこと?」

「はい?」


 お互いに話が噛み合わずに困惑する。

 おかしいな。水城さんは俺たちが付き合って無い事を見破ったんじゃないのか?


「あなた、さっきから嘘だなんだと言っていたけど……いったい何のことを言ってるの?」

「俺たちが付き合って無いってことですよ。俺と彼女は数週間前に出会って」


「……はぁ⁈ あれで付き合ってない⁈」


 水城さんはそのクールな面持ちからは考えられないくらい、目をかっ開いて今までに無いような驚き方を見せる。


「手も繋いでて?」

「厳密には小指ですけど」

「ずっと何か話してて」

「それはあいつがおしゃべりだから」

「それなのに付き合って無い?」

「はい」


 水城さんは眉間に皺を寄せながら頭を抱える。


「……わ、わたしの感性がおかしいのかしら」

「あのー、水城さんが言いたかったことって俺が彼女いるって嘘ついてたことなんじゃ」

「違う……」


 水城さんは向き直ると目を細める。


「わたしが言いたかったのは彼女のこと」


 彼女のこと……って、佐々木の?


「あの子……綺羅星絢音、よね?」


 一瞬で空気が凍りつく。

 バレちまった。1番危惧していた事態だ。


 水城さんに、佐々木が綺羅星絢音本人だという事実が明らかになってしまうのだけは避けたかった。


「き、気づいてたんですか⁈」

「最初は、似てるだけだと思った。でも2年も苦楽を共にした仲なのだから……気づかないわけがない」


 水城さんは、その栄光(過去)を振り返るように遠くを見つめる。

 そりゃ、そうか。

 水城さんはリーダー、佐々木はセンター。

 時代を築いた2人が、お互いを判らないわけ、無いもんな。


「あなたがサッカーを……普通の人生を続けたいなら、あえて忠告しておく」

「忠告って……?」

「綺羅星絢音はもう死んだ。でも死後の人間を讃える人間は必ずいて、綺羅星絢音は死しても尚その伝説は消えない。つまり、スキャンダルを追う人間は必ずいるしそれは終わりがない」

「佐々木が一生追われる身だって言いたいんですか?」

「当然。卒業後に全く情報が無かったあの綺羅星絢音のネタが上がれば……間違いなく報道各局のトップニュースに上がるでしょうね。あの子には女優転向やタレント業への復帰を願う人も多いし」

「そんなのおかしいだろ! やっとあいつは自由に」

「おかしくない。絶大な人気と引き換えにあの子は私生活を失った。今さら普通の生活に戻るだなんて、限りなく無理よ」


 水城さんの言う通り、佐々木はどこにいても顔を隠していないといけない。


 大学にいる時も、外に出かける時も、ずっとマスクとメガネをかけていて、あいつは喋るのが好きなのに人が多いと黙りこくって。


 佐々木には、もう自由に生きる権利すら、無いのかもしれない。


「あなたって綺羅星絢音のファンだったの? 推しのアイドルと出会えるなんて、幸運の持ち主なのね」

「違う」

「……違うなら、あの子に拘る理由はないでしょ? これ以上、綺羅星絢音に関わるのは危険」

「危険? 水城さんは今すぐあいつと絶縁しろって言うのか?」

「その通り。芸能界を引退したあの子は、孤独と戦うしか無い……。それはあの子自身も判ってたし、覚悟しているはず。でもあの子は……あなたの優しさや善意に甘えている」

「違っ! 佐々木は」

「あなたみたいな一般人があの子と関わっていたら、あなたまであの子と同じ運命を背負うことになるの。その重みをちゃんと判ってる?」

「重み……?」

「もしも、あなたたちの関係・個人情報が世間に出回れば、あなたは間違いなくバッシングを受ける。これは意地悪でも何でもない、本気の警告よ」


 そりゃ、水城さんの言い分もよく判る。

 世間にこの事が知れ渡れば、俺みたいな一般人でも個人情報が拡散されてしまう。

 綺羅星のファンだった人には、誹謗中傷されるのも間違いない。

 でもそんなことを気にして佐々木との関係を断つだなんて……。


「……そもそも佐々木は、水城さんと喧嘩しなきゃこんな事になってないはずだ! あんたも責任とか感じてないのかよ!」

「……無いわ」


 水城さんは冷たく言い残して、ベンチから立ち上がる。


「わたしはあの子が好きだったから、あの子に生きる道を与えた。でもあの子は……自分の人生よりも男を選んだ。それが全てよ」

「お、男? 誰ですか?」

「わたしにも判らない。けどあの子は、独立するくらいなら芸能界を辞めるって言った。今度は応援される側じゃなく、する側になるって」


 応援される側から、する側に……?


「あの子がある男の写真を持っていることはメンバー内でも噂されていたし、引退後はその男のために海外へ飛んだと聞いていたけど……」

「それって、まさか佐々木が言ってた——」


 初恋の、相手……?


「あなた、何か知っているの?」

「はい……。でもこれは佐々木と2人の時に話したことですし、水城さんには言えません」

「そう。まぁ、わたしはあの子と絶縁した身……興味無いわ」


 佐々木は高校生の時に仕事先で見かけた初恋の相手を探して東京に来たと言っていた。

 アイドル時代に持っていた写真が、その相手だとすると……。


「さっき言ってた写真の噂って、いつぐらいのことですか?」

「……たしか、3年前? くらいかしら」


 3年前……となると、年齢的に佐々木が高校2年生の時か。


「なぜそのことを聞くの? わたしは忠告したわよね、これ以上あの子には」

「佐々木は、その男を探してるはずなんです」

「……は?」


「水城さんの言う通り、佐々木は引退しても辛い生き方をしてる。でもさ、そんなの理不尽だ、誰かに希望を与えるアイドルになって、誰かに勇気を与えたのにあいつは幸せになれないなんて、おかしい! だからその男を見つけ出して、佐々木には……幸せになって欲しい」


「……あなた、本当に優しいのね。わたしもあの時、あなたみたいな優しさがあったら、こんな事にはならなかったのかもしれない」


 水城さんはサングラスの位置を直すと、軽く手を振って歩き出す。


「あの子に伝えておいて……戻りたくなったら、いつでも来いって」


 絶縁したと言う割には、水城さんも綺羅星絢音を気にかけているようだった。

 佐々木と喧嘩した理由は判らないけど、水城さんは酷いことをする人にも思えないし、きっと水城さんの優しさが仇となってしまったのではないかと、勝手ながらに思った。


✳︎✳︎


———

槇島の勘違いで、物語はさらに拗れる…?

次回、『明かされる佐々木の本心』

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