28話 MIZUKIの本心と、新たな波乱の予感。


 俺はMIZUKIを連れて、店を出た。

 外はすっかり暗闇に包まれ、大通りを行き交う車のヘッドライトに目を細める。

 肩を露出したトップスに起毛感のある上着を羽織ったMIZUKI。

 足の細さが際立つデニムが、スレンダーな身体つきをさらに細く見せる。

 改めて見ると……スタイル良すぎだろ。


 口数も少なくクールで、佐々木とは真逆な雰囲気で、話しかけるのも緊張する。

 ……でもこのままだらだら歩いてたら時間の無駄だ。

 大通りから人通りの少ない道に曲がった時、俺の方から口を開いた。


「MIZUKIさん、聞きたいことが」

「月乃でいい」

「し、下の名前はちょっと……。さっきみたいに佐藤さんって呼んでもいいですか?」

「佐藤は偽名」

「は、偽名? 自己紹介の時の苗字、嘘だったんですか?」

「そう……。本当の苗字は、『水』にお城の『城』って書いて、水城みずき

「へ、へぇ」


 あぁ、MIZUKIの"みずき"って苗字の水城から来てたのか……。

 その手の芸名って、普通は苗字じゃなくて名前から取るものじゃないのか?


「ねぇ……さっきから浮かない顔してどうしたの? もしかして」


 水城さんは左隣から俺の顔を覗き込む。


「……わたしのサイン欲しい?」


 いやいや、思ってない思ってない。

 この人、トイレで会った時からずっと察しが悪すぎる。


「サイン……鉛筆でいいなら、書くけど」

「い、要らないって言うのも失礼なんで、一筆貰ってもいいですか?」


 俺はジャケットの中に入っていた阿崎のメモの端っこを取り出して千切って渡すと、水城さんはどこからか取り出した鉛筆でサインを書いてくれた。


「はい、転売はしないで」

「こんなメモの端切れに書かれたサインが本物だと思って買う人いないですよ」

「……でも、これは本物」

「じゃあ水城さん買います?」

「買うわけない。あなたは銀行に行って硬貨を買えって言う?」

「言わないですけど」

「つまりそういうこと」


 なにがそういうことなのかはよくわからないが、話してる感じ頭は良さそうな人だ。

 佐々木みたいに「パンケーキ!」しか言わないお子様じゃなくて安心した。


 俺は描いてもらったサインを財布に入れると、話を戻した。


「水城さんは何で合コンに来たんですか」

「……」

「あんな場所に有名人が来るとか、間違いなく自爆行為なんじゃ」

「……」


 俺が立て続けに問いかけると、水城さんは急に顔をこちらに向ける。


「……あなたって、本当に不思議」


 水城さんは足を止めて、サングラス越しに俺の顔を見てくる。


「事務所の人間も、番組スタッフも……わたしと胸襟開いて話せる人は誰一人としていなかった。わたしが口下手だから、みんな必要最低限の要件を言ったら逃げていく……。でもあなたは初対面なのにさっきからやけに饒舌」


 水城さんはサングラスとマスクを外すと、優しめに俺の胸ぐら掴んで、自分の顔を近づけた。


「あくまで推測だけど、あなた……家族に芸能人がいる?」


 ……もちろん、いるわけがない。

 山梨の果物農家に生まれた、芸能界とは全く縁のない一般人だ。

 だがしかし、身近な場所に元芸能人がいるのは確か。


 佐々木に慣れすぎたせいか……?

 佐々木に慣れてるから、MIZUKIに対しても同じ感覚で話してしまっていたのかもしれない。


「答えられないの?」


 この人……察しが良いのか悪いのか、判らないな。

 俺は佐々木の顔を思い浮かべながら、目を逸らす。

 すると、水城さんはやっと胸ぐらを離してくれた。


「……芸能人慣れしてるなら好都合こうつごう。デートなのにわたしと普通に喋れなかったら、困る」

「で、デート?」

「お礼のこと、忘れてないでしょ?」


 お礼って……彼氏になれって言ってたあれか?


「つまり、デートがしたいから俺に彼氏になれって言ったんですか?」

「そう。あなたには1日だけわたしの彼氏になってデートして欲しい。曲作りに必要なことだから、協力してもらえると助かる」


 なるほど、MIZUKIはシンガーソングライターとして曲を作るためにデートをしたかったのか。前に言ってた、楽曲のためっていう言葉の意味がやっと理解できた。

 だからってこんな庶民の合コンに来る必要はないと思うのだが……。

 女子大だから、出会いがないのか?


「じゃあ明日10時。ハチ公前で」

「ちょっ! 話を進めないでくださいよ! 俺は行くなんて一言も言ってないです」


 このままMIZUKIとデートして、もしもスキャンダルに巻き込まれたら、本当にまずいことになる。

 下手したらサッカー部退部、プロの道も……。

 冷や汗が止まらない。

 な、なんとか断る方法を。


「もしかして彼女さんがいるの?」


 彼女……っ。

 そうだ。ここは彼女がいる程にして上手いこと誤魔化せばいいんじゃないのか⁈


「いっ、います! 俺、彼女いるんで」


 今までの人生で、これほどまでに真っ赤な嘘をついたことは無かった。

 罪悪感、半端ないな……。


「……そう」


 疑いの目線から一転、水城さんは柔らかい表情を向けた。


「ならその子に悪いし、この話は無かったことにするわ」


 話が分かる人で助かった。

 それに、あのMIZUKIとデートなんて、佐々木に悪いし、これで良かったんだ。


「そうね……じゃあお礼を変えてもいい?」

「か、変える?」


「あなたとその彼女さんのデート、曲の参考に観察させて貰ってもいいかしら?」


「え……」

「それが、助けてあげたお礼ってことで」


 彼女がいると言った手前、俺は断ることが出来なくなってしまった。


 ✳︎✳︎

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