27話 黒髪女子の正体


 男子トイレの中でチェリーハンターに襲われた俺は、謎多き黒髪女子の佐藤さんに助けられたのだが、そのお礼として頼まれたのは——。


「……楽曲のためにわたしの彼氏になって」


 という、1文字も理解できないようなお願いだった。


「か、彼、氏? 俺が?」

「そう」

「楽曲のためっていうのは?」

「それは……」


佐藤さんは辺りを見渡すと、顎に手を当てて考え込む。


「……ねぇ、ここって、もしかして男子トイレ?」

「知らないで入って来たんですか⁈」

「だって……さっきの子が凄い形相であなたを追いかけて行ったから……心配で」


 一見クールな人だと思ってたけど、もしかして意外と優しい人……なのか?

 そう思った矢先、佐藤さんは俺の手を取り急に歩き出した。


「来て……」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 チェリーハンターに襲われたことで、女性に対して疑心暗鬼になっていた俺は、男子トイレを出た所で手を離す。

 助けてくれたとはいえ、ずっとサングラスとマスクしてるし、何より本性が見えないから信用できるわけがない。


 大学の掲示板にあるポスターで注意喚起してた、カルト系の団体とかマルチ商法とかの勧誘……?

 さっき言ってた「彼氏」って言うのも何かの暗示なのかもしれねぇ。(彼氏=信者、みたいな)


「どうしたの……? 忘れ物?」

「そっ、そういうことじゃ無くて!」

「もしかしてお手洗いまだだった?」

「違います!」


 佐藤さんは首を傾げる。

 わざとボケてるのか……?


「佐藤さん、助けてくれたのはマジで感謝してます! でもこの際だから、言いますけど……」

「……なに?」

「俺、佐藤さんのこと信用できない」

「え?」

「室内なのにマスクとかサングラスしてるし、急に彼氏になってとか楽曲がどうとか、訳わかんねーし! も、もしかして、宗教の勧誘とかですか? 俺に恩義を感じさせるために、さっきの女と組んで自作自演だったり」

「……ねぇ、その話長くなる?」

「自分の立ち場理解してないんですか⁈ 今、俺はあなたのことを疑ってるんです、けど……」


 俺が話す最中さなか、佐藤さんは何も言わずに髪を纏めていたヘアゴムを外し、ずっと付けていたサングラスを俺の方に投げる。

 身体が勝手に反応して、投げられたサングラスを両手で掴む。


「急に何を——っ⁈」


 手元のサングラスから視線を上げた瞬間、俺は自分の目を疑った。

 こ、こんなこと、あっていいのか。

 俺は空いた口が塞がらない。


「わたし、シンガーソングライターって言う仕事やってるの」


 この緑なすストレートの黒髪と他者を惹きつける目力。

 髪が解けてサングラスが外れるだけで目の前にいた人物が、別人へと変貌を遂げる。


「み、MIZUKI……さん、ですか?」


 佐々木と喧嘩別れしたっていう、あのMIZUKIだ……なんでここにいるんだ。


「わたしのこと知ってるの?」

「この前ハーフタイムショーで……って、今はそんなことよりっ」


 俺は持っていたサングラスをMIZUKIに返し、周りを確認する。

 幸いトイレの前は人目の付かない店の角にあったので、誰かに見られてはいないが、人が来るのも時間の問題だろう。


「誰かに見られる前にサングラス付けてください!」


 まずいことになったな。

 佐々木といい、俺って有名人と運命的な出逢いをする相でもあるのか?

 佐々木と違って、目の前にいるMIZUKIは現役バリバリの芸能人。

 こんな所に2人でいるのがバレたらスキャンダルになっちまう。


「MIZUKIさん。話は場所を変えてからにしましょう。分かりました?」

「……」


 MIZUKIはサングラスを付けて、ボーッとこちらを見ていた。


「どうしたんすか?」

「……あなた手慣れてるね。普通わたしを知ってる人ならもっと驚くはず。あなた、実は芸能人とか?」

「普通の男子大学生ですけど……」

「そう?」


 俺は阿崎にlimeで「用ができた」とチャットして、MIZUKIと一緒に店を出た。

 さっきのチャットに既読が付き、阿崎は「ゴムして寝ろ笑」と返信してきたので、真っ先に彼のアカウントをブロックした。


 ✳︎✳︎


———

私情で更新時間が遅れました。

明日は昼の11時ごろに投稿します。

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