26話 ファーストキス喪失のピンチと黒髪女子大生の目的


 女子大生のゆるふわ空間の中で一人、ずっと無言の女子がいた。

 室内なのに薄茶のサングラスとピンク色のマスクを付けていて、周りの女子が明るい髪色なのに対し、彼女は純粋な黒髪を一つに束ねて肩に流している。

 なんだアレ、不審者か何かか?


「おいマキ」


 部屋に入って早々、俺は隣にいた先輩に耳を貸すよう言われた。


「……お前はあの子の前な」


 またそのパターンかよ。


 先輩たちは次々と良さげな子の前に座り出す。

 余り物には慣れてるからいいが……。

 先輩に言われ、俺はサングラス女子の前に座った。


「……」

「……」


 サングラスの下からやけに見られてるような……。

 佐々木みたいなメガネなら少なからず表情を読み取れるのだが、この子の場合、サングラスだから全く読めない。


 佐々木に慣れてるせいで感覚がイカれてるけど、合コンにマスクとサングラスしてくるヤツいるか?

 阿崎の言葉を借りるなら、合コンはまさに就活面接。

 就活面接で顔隠さないよな普通。

 それに今回の合コンは数合わせとか無しで、ちょうど男女8人同士の参加希望者で数が合った、と槇島が言っていた。

 だから前回の俺や佐々木みたいに、数合わせで仕方なく来る人はいないはず。


 自分の意思で男を捕まえるために合コン来てるのに、顔を隠す?やっぱり訳がわからない。


「じゃあ自己紹介始めよっか。槇島ぁ、お前からしろ」


 男子側の主催者である阿崎が仕切り始め、トップバッターに俺を指名する。

 俺は悪魔(阿崎)との契約上、今日は阿崎に命令されたらその命令を断ることができない。

 面倒だが、さっさと済ませるか。


「槇島祐太郎です。まだ1年なんで酒は飲めねーっすけど、その代わり今日はいっぱいお酌させてもらいます」


 アリストのお姉様方ねえさまがたは慈愛に満ちた眼差しで優しく拍手をしてくれる。


「じゃ、次は槇島の前に座ってる——」


 サングラス女子がマスクを少しだけ下ろす。


「……佐藤月乃、文学部3年」


 佐藤さんは下ろしていたマスクを付け直す。

 雰囲気通りで、喋り方もクールな人だな。


 その後も自己紹介が続き、それが終わったら自由フリーな感じで席移動が始まった。


 2対2で話してたり、もう狙いが決まった先輩たちはその女の子と1対1で話していた。


 そして目を疑ったのはあの阿崎が、アリスト女子の中でも1番可愛い感じの子とさっきからイチャイチャしている光景。


 こんな悪魔みたいなヤツがモテるとか世も末だろ。


 先輩たちも最初こそ怪訝そうな顔をしていたが、阿崎清一は1年生ながら10番を背負う王様。つまり、先輩とはいえ口出しはできない。


 王様に1番の上物を奪われた先輩たちは、他の子を狙うことになる。まさに弱肉強食の世界。

 ちなみに俺は、さっきから先輩たちの会話に混ぜられてはヨイショをやらされている。(これもまた弱肉強食)


 何が面白くて3、4年になっても2軍から抜け出せずにグータラしてる先輩を褒めないといけないのか。

 先輩は酔った様子で俺に肩を組んでくる。


「俺ってストイックだもんなぁ!」

「そ、そっすね」


 本当にストイックなら、酒なんて飲まないし、こんな場所に来ねーよ。

 こうしてる今も、上の選手たちはナイターでボールを蹴ってる。


「はぁ……」


 先輩たちをヨイショするのにうんざりした俺は、ため息をつきながら自分の席に戻ってきた。

 俺、このまま阿崎を信じてていいのか?

 阿崎清一を信じて、本当に俺は這い上がれるのか……?

 疑心暗鬼になっていると、目の前から視線を感じる。


 さっきから一人で飲んでいる佐藤さん。

 男に話かける様子も無いし、この人何が目的で合コン来たんだ?


「……槇島、さん?」


 突然、佐藤さんが口を開く。


「どしたんすか? 俺1年生なんで、さん付けしなくてもいいっすよ」

「…………」

「佐藤さん? 何か用があったんじゃ」


「まっきしまくーん」


 顔を赤くしたショートボブの巨乳お姉様が割って入ってくる。

 俺の左腕を自慢の胸でサンドしながら、顔を近づけてくる。


「まきしまくんもぉ、呑もーよー」


 胸元が露骨に開いたニットセーターから、たわわな胸が「こんにちは」っと顔を出す。

 えっろ。


「ほらほらー」

「ダメっすよ。俺まだ18なんで」

「ぶーぶー、ノリ悪いぞー」


 俺は「すみません」と言って少し距離を置く。

 アリスト大学は淑女が集まるって聞いてたのに、ガッツリ身体を押し付けてくるし、話が違うんだが……。


「じゃあさぁ、今から抜け出さない?」

「それは、ちょっと」

「合コンの前に槇島くんの写真見てから、イケメンだなぁって思っててー」


 その時、スマホにチャットが入る。


「俺! ちょっと連絡入ったんで一旦席外します」


 俺はスマホ片手に、その場を後にした。


 ✳︎✳︎


 男子トイレに逃げ込み、洗面所の前でスマホを開く。


 さっきのチャットは佐々木からだった。

 助かったぜ佐々木……ありがとな。


『佐々木:ねーねー聞いてー! さっき窓開けたらチョウチョが入ってきたのー。もうそろそろ夏だねー』


 という文と共にその蝶の写真が添えられていた。


「さ、佐々木……」


 平和すぎて涙出そうになってきた。

 残業中に子どもの写真が送られてきてほっこりする父親の気分だよ俺は。


「スマホ見て何ニヤニヤしてんのー?」

「えっ」


 平和な世界から地獄に引き戻され、さっきのチェリーハンターお姉様が男子トイレの中に……って、は⁈


「ちょ、ここ男子トイレっすよ! なんで入ってきて」


 チェリーハンターは俺の下半身に手を伸ばす。

 まずい、これは……。


「槇島くんって、童貞?」

「そ、そうっすけど」

「うっわぁ、槇島くんレベルの男子を襲わないなんて高東の女って、もしかしてブスばっか?」


 どうやら本性を表したようだ。

 チェリーハンターの鋭い眼光が俺に突き刺さる。

 俺はチェリーハンターの肩を掴んで突き放そうとするが、チェリーハンターは蛇のように俺の身体にまとわりついてきて離れない。


「あらら? もー肩ガッツリ掴んじゃってー、もしかしてキスしてくれるの?」

「離れてください! 俺にそんな気は」


 チェリーハンターは瞳を閉じ、口先を尖らせると真正面から顔を近づけてくる。


 ダメだ、このままじゃ。


 足掻いても、チェリーハンターは手と足を絡めて離れない。


 嫌だ。こんな形で初めてのキスなんて。


 佐々木……っ!


「助っ——」


 コツンコツンとヒールの音が聞こえ、その黒く長い髪が揺れながら、俺の目の前に綺麗な右手が現れる。

 キス魔の口撃は、その手に当たって、間一髪、俺のファーストキスは守られた。


「……んんっ? ちょ、ちょっと、あんた! なに邪魔して」


 そこに現れたのは、佐藤さんだった。

 なんでこの人、ここに。


「佐藤だかなんだか知らないけど、槇島くんはわたしの獲物」

「…………」

「あーあっ、興ざめ。わたし帰る」


 佐藤さんの圧に負けたチェリーハンターは男子トイレから出て行った。

 た、助かった……。


「さ、佐藤さん、ありがとうございます」

「……」

「マジ助かりました、あのまま襲われそうだったんで」

「……」

「佐藤、さん?」

「…………ならお礼、ちょうだい」

「お、お礼ですか?」


 佐藤さんはその綺麗な手で俺の顎をクイっと持ち上げる。


「……うん、合格」

「合格?」


「楽曲のために、わたしの彼氏になって」


「は?」


 ✳︎✳︎

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