25話 次なる合コンと阿崎との契約


 佐々木と一緒にサッカー観戦した翌日。

 俺は、佐々木が昨日寝ていたベッドの上で佐々木の残り香に悶々としながら目を覚ました。

 朝起きたら隣に佐々木がいるなんてことは、もう2度とないんだろうな。


「……そうだ。今日は阿崎のやつが練習前に来るとか言ってたな」


 練習前ってことは……もうすぐ来るかもしれないな。

 寝ぼけた身体を起こすためにシャワーを浴びて、トースターでパンを焼きながら粉末コーンスープに湯を入れてちびちび飲む。


「佐々木のポタージュスープ、美味しかったよなぁ」


 スープだけじゃない、パスタもポテトサラダも美味しかった…………量は異常だったが。


 俺は、昨日だけで色んな佐々木の姿を見た。

 料理をする佐々木、風呂に入る(着衣)佐々木、俺の腕で眠る佐々木、子供に優しい佐々木。


 すぐ怒るし、歳上アピールがウザくて、子供っぽい佐々木だが、最後には100点以上の笑顔を見せるから、嫌いになれない。


 そんな佐々木も、ちゃんと年ごろの女の子として恋愛してて、過去に仕事先で見かけたその相手を探していた。


 佐々木絢音って人間は、俺なんかのために一晩面倒を見てくれるくらい根っからのお人良しだ。俺はせめてものお礼として、佐々木の恋を応援してやりたい気持ちもある。


「国宝級の美少女が一目で惚れる男ってどんな顔してるんだろうな?」


 一度でいいから見てみたいよなぁ。

 ジョニーズとか韓国系アイドル並みのイケメンなのか?

 意外とハリウッド俳優みたいな欧米風の顔つきだったりして。

 ……どっちにしても、芸能界の人間だろうな。


 急に胸がモヤモヤして、そのもやを晴らすため、俺はコーンスープを飲み干した。


「あっつ! ……ん、ん?」


 ポケットの中にあったスマホが急にバイブする。

 着信……? あぁ、阿崎からか。


『おう槇島ぁ! マンション着いたから部屋の鍵開けとけよ』

「朝からうるせぇな。借金の取り立てかよ」


 スープのカップを片手に、俺が鍵を開けると、数秒してジャージ姿の阿崎が部屋に入ってきた。


「うぃーっす。おはよう槇島ぁ」

「おはよ」

「なんだなんだ? カップを片手に優雅な朝を過ごしているアピールかぁ? このスポ推サボり魔がっ!」

「文句なら監督に言えよ。俺だって練習したいし」

「ダメだ。お前は休め」

「はぁ……俺のオーバーワークより、お前の情緒の方が心配になる」


 阿崎を部屋に入れて、ちゃぶ台を挟んで談笑する。

 昨日の東フロの試合、最近の部の様子、話題は尽きないが、阿崎は本題に入った。


「槇島、前回の合コンは悔しかったよな」

「知るか。俺はお前に巻き込まれただけだ」

「俺は悔しい。あれから藍原さんが俺に対して冷たいし、新宿・渋谷のナンパも失敗の嵐」

「お前……普段からそんなことやってんのか」


 こんな下心丸出し天パー男に誘われて行く女子がいたら逆に怖い。

 やっぱこいつを親友とか言うのやめよ。


「田舎では天才サッカー少年として持て囃された俺だが、やはり都会だと上手くいかねぇもんだな」

「とっとと本題に入れ」


 俺が急かすと、阿崎は「ごほん」と咳払いして、俺の目の前で正座する。


「お前も薄々気づいてたかもしれないが……前回の合コン、俺はお前を餌にした。女子側のリーダー格だった五十嵐に、部のサイトで載ってるお前の写真を渡したら、速攻でOK貰えて……すまん!」


 阿崎は床におでこをこすり付けて、謝罪する。

 そういえば、合コンの時、佐々木に阿崎は俺を餌にしたって言われたな。

 その話、本当だったのか。


「槇島! すまなかった!」

「そんな土下座までしなくても」

「もう一度力を貸してくれ」

「謝罪する気0だろ」


 阿崎はちゃぶ台に肘をついて座り直す。

 さっきの土下座にどれだけ誠意が無かったのかよく判った。


「昨日limeのチャットで送った、次の合コンの話をする」

「話の切り替えが速すぎる」

「トランジションの速さはサッカー選手として必要だからな」

「お前の場合ネガトラばっかだろ」

「そうやってすぐ親友をイジるな」

「親友を売っておきながらよく親友って言えるな」

「さて、今回の合コンはな」

「聞く耳無しかよ」


 阿崎はスマホをちゃぶ台の上に置いて、チャットを開くと、そのまま俺の方にスマホを滑らせた。


「なんと! 次の合コンの相手は、あの東京アリスト女子大学だ」


「東京アリスト? 洒落た名前だな」

「知らないのか?」

「おう」


 俺がそう答えると、鼻で笑ってくる阿崎。


「ふっ、これだから田舎者は」

「お前もさっき自分のこと田舎者って言ってただろ」


 阿崎は無視して話を続ける。


「東京アリストはな、完璧な女子だけが入ることを許される日本最高峰の女子大だ。試験は学力だけじゃなくて、淑女としての全てが評価対象と言われている」

「要するにお嬢様大学ってことか?」

「そうだ。アリスト出身と言うだけで女子のカーストトップクラスらしい」

「で、そのお嬢様たちがお前みたいな野獣だらけの合コンに来るってのか?」

「おう、槇島の写真でも3人釣れた」

「おい! また勝手に」

「それによぉ」


 阿崎はニヤニヤしながら人差し指でちゃぶ台を撫で始める。


「お嬢様たちもさぁ、大学内に女子ばっかだから色々と溜まってんだよ。俺みたいな野獣の写真でも釣れたんだよなぁ、これが」

「い、いかがわしい言い方すんな」


 俺はため息を吐きながらキッチンに行き、トースターのパンを皿に乗せて戻ってくる。


「俺は行かない。今回は報酬をチラつかせても行かないからな」

「合コンに来るアリストの女子、歳上ばっかなんだけどなぁ」


 こ、こいつ……俺のへきを知った上で口撃してきやがる。


「行かねぇっ! 絶対に行くもんか」

「そっか、来ないのか」


 意外にも阿崎はすんなり諦めた様子で立ち上がり、リュックを背負った。


「じゃあ、俺たちゴールデンコンビも解散だ」

「結成した覚えがないんだが」

「俺は金輪際、お前にキラーパスもクロスも出さない」

「はぁ⁈」


 阿崎は片手を振りながら部屋から出て、靴を履く。


「残念だよ槇島。お前は親友が困ってるのに救いの手を差し伸べない薄情なヤツだったなんてさ」

「違っ! 俺が悪いみたいに言うな!」

「いいから選べよ槇島。ここで断ったら、お前は4年間高東大学の2軍で終わるぞ」

「……っ!」


 言われた瞬間、体がゾクっとした。


「俺はお前の決定力が欲しい。反対に、お前は俺の完璧なパスが欲しい。持ちつ持たれつの俺たちは常に運命共同体だ。しかし、パサーってのはチャンスメイクするだけで評価を得ていずれ1軍に行ける。でもフィニッシャーのお前は点を決めないと1軍に行けない。関係が終わって困るのは、お前だけ」

「でも、俺は!」


「合コンに参加するなら、俺は槇島祐太郎を大卒No.1のストライカーにしてやる。断るなら俺たちの関係はこれまでだ」


 くっ……バカでクズの阿崎のくせに、悪知恵だけは一流になりやがって。

 しかし、阿崎の言ってることも一理ある。

 阿崎のパスセンスとサッカーIQを真近で見てるからこそ、今の俺は成長できてる。

 ここで阿崎と決別したら……高校の時みたいに、鳴かず飛ばずで終わるだけ。


「どうするんだ? 合コンに来て水を飲んでるだけでお前はプロになれるんだぞ?」

「……」

「さっさと決めろ、槇島祐太郎!」


 俺は、変わりたい。

 いつか、プロで9番を背負いたい。

 その夢のために、高東に来たんだ。


「……判った。俺は合コンに行って、お前と一緒にプロになる」

「槇島ぁ……」

「お前はゴミクズでカス以下の人間だけど、今の俺にとって、阿崎清一は必要だ」

「口悪いな」


 こうして俺、槇島祐太郎は、再び阿崎という名の悪魔と契約を交わし、東京アリスト女子大学との合コンに参加することになった。


 ✳︎✳︎


 合コン当日。

 俺を含めた8人のサッカー部員は、全席個室のムーディーな雰囲気の店にやってきた。

 今回の男子メンバーは俺と阿崎以外、全員が3、4年生で、俺は先輩たちから自分たちを持ち上げるように指示されていた。

 要するに、接待合コンってわけだ。

 でもこの合コンは、俺の将来に関わってるんだ。

 わっしょいでも、靴舐めでもなんでもやってやる。


 俺たちがその個室に入ると、そこには東京アリスト大学が誇る8人の美人淑女お姉さんたちが集まっていて、それぞれ楽しげに会話をしていた。


 しかしその中で1人、異質な雰囲気の女子がいたのだった。


(続く)


———

佐々木が出てこない回が、あまりにも久しぶりすぎて佐々木を書きたい症候群になりそう。佐々木が恋しい。

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