24話 クール美少女と綺羅星絢音のトラウマ
佐々木が手から
「あっぶねー。急にどうしたんだよ佐々——木?」
さっきまではカステラにしか目が無かった佐々木が、血相を変えてピッチの中央を凝視している。
ゲストが元Genesistarsってことは、佐々木の元同僚ってことだが、どうも佐々木の様子がおかしい。
『MIZUKIちゃんの入場でーす!』
スタジアムDJが紹介したゲストが、ピッチの中央まで歩いてくる。
前髪を左に寄せた黒く艶のあるストレートヘアのMIZUKIという女性歌手。
スタジアムの電光掲示板に彼女と並んで歩くカメラの映像が出され、その顔がアップで映る。
女優とかにいそうな美人顔なのだが、そのシャープな顔つきと目力の強さから、少しキツめな性格の印象を受ける。
『MIZUKIちゃーん! 初めまして!』
『…………』
元Genesistarsってことは彼女も佐々木みたいにアイドルだったんだよな?
それにしては愛想がないんだが……。
『えーMIZUKIちゃん! 前半が0対0のまま終わって、まだ引き分けなんだけど、ホームチームに向けて一言貰えるかな!』
『…………』
『あ、あのー?』
『…………勝てるといいですね』
『はいー! お馴染みのクールなコメントありがとー! ではMIZUKIちゃん! 新曲の方、よろしくー!』
ホームアウェイを問わず、サイリウムを持った観客たちから『MIZUKI』コールが起こる。
ファンたちの声援に応えるように、彼女のマイクから透明感のある歌声がスタジアム全体に響いた。
この声……聞いた事がある。
確か、選手権テーマソングでソロパートがこの声だったような。
あまり詳しくないが、他の楽曲でもこの声は聞いたことがあった。
——って、そんなことより。
隣を見ると、佐々木は無言でMIZUKIを見つめていた。
「佐々木、大丈夫か?」
「……」
「佐々木?」
「な、なんて言うか」
観客たちがピッチ中央で歌うMIZUKIに目を奪われる中、佐々木は俯いて紙袋の中ベビーカステラを見つめる。
「あの子は、今1番見たくない顔だった」
「見たくないって、あのMIZUKIは、お前の同僚だったんじゃ——」
待て。たしか、佐々木がアイドルを辞めたのは、メンバーと衝突したからって前に言ってたよな。
この反応からして、まさかMIZUKIって歌手が、佐々木の衝突したメンバーなんじゃないのか?
だったらこの時間は佐々木にとって地獄。
スタジアムにMIZUKIの生歌が流れる。
その中で俺は佐々木の手を取り、立ち上がった。
「どうしたの?」
「佐々木、荷物持て」
「荷物?」
「もうここから出よう。見たくないものを見る必要はねぇから」
「……う、うん」
佐々木は足元に置いていた荷物を手に取ると、立ち上がる。
そこからは佐々木も俺の行動の意味を察したようで、無言で俺の後ろをついてきた。
✳︎✳︎
中ではMIZUKIのハーフタイムショーをやってるからか、スタジアムの外は
佐々木と一緒に出て、外にあった柱の影で足を止める。
「ごめん佐々木。まさかハーフタイムショーに元Genesistarsが来るだなんてまったく知らなくて」
「槇島は悪くないよっ! 仮に知ってたとしてもあたしたちの事情とか業界人じゃないし、知らないでしょ?」
「事情……?」
「さっきのMIZUKIって子が、あたしと衝突したの」
やっぱアイドルを辞める理由になった事件の相手だったか。
そんな相手でもなきゃ、顔を見ただけであんなに顔色悪くならないか。
「だから槇島は悪くないよ。いつまでもトラウマになってる、あたしが……悪いし」
「佐々木……」
人気絶頂で辞めたんだ、無理もない。
佐々木の具合も良いとは言えないし、これ以上無理させても可哀想だ。
それに……1番気がかりなのは"ファン"だ。
「……佐々木、もうここから出よう」
「あたしは大丈夫だよ! ほら顔色も良くなったし、それにまだ後半が」
「違う。MIZUKIが来てるってことは、ここにはGenesistarsファンも多いって事だ。電車の女の子みたいに元綺羅星のファンだって山ほど来てるはずだし、これ以上ここにいるのは間違いなく危険だ」
「た、たしかにそうだけど……いいの? せっかく良い席取ってくれたのに」
「どう考えても金よりお前の方が大事だろ」
「えっ」
「つべこべ言ってないで行くぞ」
「う、うんっ」
俺と佐々木はハーフタイムの間に退場した。
せっかく買ってくれた阿崎のやつには悪いことをした。今度それとなくメシでも奢ってやろう。
スタジアムから駅に向かって歩いていると、隣を歩く佐々木が俺の服をグイッと引っ張る。
「どした?」
「色々、ごめん」
「謝るなって。お前らしく無いぞ」
「だって……」
マスクをしてても判るくらい、佐々木は落ち込んでいた。
佐々木は難しい過去を背負ってるし、仕方ないだろ。
交差点で足が止まった時、目の前のファミレスが目に入る。
そういや俺、まだ昼メシ食ってなかった。(隣の佐々木はスタジアムグルメ食ってたけど)
「佐々木、よかったらこの後、どっかへ食べに行かないか?」
「お腹すいたの?」
「俺、お前が落としそうになったベビーカステラ1個しか食ってないからさ。お前の体調が良くないなら、やめとくけど」
「いっ、行きたい! まだ帰りたくないもん!」
佐々木は少しだけ元気を取り戻してくれた。
やっぱりこいつは食べ物のことになると元気になる。
「ね、槇島」
「ん?」
「……ありがとね」
佐々木は多少恥じらいながら呟く。
うん、いつもの佐々木だ。
さっきまでの緊張から解かれ、安心したことでつい口元が緩む。
「なんで笑ってんの?」
「なんでもねぇ。そんなことより、佐々木は何食べたい?」
「パンケーキっ!」
「……ま、まじか」
その後、パンケーキの店を巡ることになり、甘味で空腹を膨らませる羽目になった。
✳︎✳︎
佐々木とのパンケーキ巡りから部屋に帰ってくると、阿崎からチャットが入った。
阿崎から? スパイクのことか?
『阿崎: 槇島。大切な話がある』
なんだよ改まって?
俺は風呂を溜めながらチャット画面を見る。
『阿崎: 前回の合コンは我々の失敗に終わった』
お前らが勝手に自滅しただけだろ。
『阿崎: しかし、次こそはヤるぜ』
次……? こいつはさっきから何言って。
さっきまで阿崎の文を傍観していた俺は、痺れを切らせて返信する。
『槇島: 次ってどういうことだよ』
『阿崎: またセッティングしたんだよ! 詳細は明日お前の部屋で話す!』
「阿崎の野郎、また合コンに俺を入れたんじゃ」
———
次回、まさかの人物が登場……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます