23話 あざとい「あーん」と衝撃のハーフタイムショー


 紙袋のベビーカステラに目を輝かせる佐々木。その隣で、クレープとタコスを持たされる俺。


「歩きながらは行儀悪いし、食うのは座ってからだからな?」

「判ってる! すぐ子ども扱いすんなっ」


 嘘つけ、食べようとしてたくせに。


 買うものを買った俺たちは、指定のゲートを通ってスタジアムの中へ入った。

 スタジアムの中から外へ向かって強い風が吹き抜ける。

 風に逆らいながらメインスタンド側下層にある指定席に行き、ピッチを見渡す。

 スタジアムを白い霧で隠すように水を撒くスプリンクラー。

 水が止まると、美しいピッチが顔を出す。


 プロはいいよなぁ。こんなに綺麗なピッチでボールを蹴れるんだから。


「すっごい近いね。ここからならファンサとかもよく見えそう」

「佐々木はこのスタジアムでライブとかした事あるのか?」

「立地的にここのスタジアムは使ったことないかな? でもこうやって、大きなスタジアムのピッチを観客席から見るのは新鮮」

「……そっか、佐々木は前まであの真ん中にいたんだもんな」


 感慨深いものがあるだろう、と勝手に思っていたが、そんなこと関係なしに佐々木は俺からタコスを受け取って普通に食べ始めた。


「んんーっ、ピリ辛で美味ひいー」


 真面目な雰囲気をぶち壊した佐々木はマスクを下から少し上げて、タコスを食べている。

 マスクを外せないので、面倒な食べ方だが……そうやって食べるしかないのか。


「タコス好きなのか?」

「うんっ、タコス大好き」

「パンケーキとかタコスとか……お前の好きなものって粉ものばっかだな。クレープとベビーカステラもそうだし」

「いいのっ、お米より罪悪感無いから」

「同じようなもんだろ」


 その後もタコスとクレープを食べる佐々木をボーッと見ていたら、いつの間にか選手たちがウォーミングアップのためにピッチへ出てきた。


 観客の大きな拍手に包まれて、登場した選手たち。


「ね、槇島はどの選手を応援してるの?」


 クレープを頬張りながら佐々木は聞いてきた。


「俺たちが着てるユニフォームの人だ」

「えっと、9番?」

「ほら今シュートを打とうとしてる——」


 美しく映えたピッチのペナルティエリア前。

 真っ白な肩にかかるくらいの髪を揺らす東京フロンティアの9番(エース)。


 身長は160cm前後だが、自慢の足で敵の最終ラインを崩壊させる東京フロンティアのスピードスター。


来田真琴きた まこと、俺の高校の先輩なんだ」

「髪が真っ白で綺麗……。女の子みたいに身体小さいのに、凄いシュートの威力……」


 佐々木のクレープを食べる手が止まる。


 さっきまで花より団子状態だった佐々木が、夢中になってフィールドを見つめている。

 俺も初めてプロのサッカーを見た時は同じだったな。


「槇島今の見た⁈ あのパス絶対通らないと思ったのに、9番が凄い足で」


 試合前だってのに、佐々木はかなりにハイテンションだった。

 それもそのはず。テレビじゃわからない大きな歓声、ボール一個をゴールに運ぶため、危険を顧みずに身を投げ出す選手たちの迫力。


 それがプロの世界なんだ。


 ウォーミングアップが終了し、試合前のセレモニーが一通り終わると、肝心の試合が始まる。


 N1リーグ第3節、東京フロンティア対柏木レイヴの試合。

 柏木レイヴの黄色いユニフォームがピッチに広がる。


「敵の黄色チームは強い?」

「昨年3位のチームだ」

「え、やばいじゃん。ちなみに東京は?」

「昨年15位」

「ダントツで負けてるじゃん」

「さ、昨年の話だ! 今年は、優勝する」

「ならこの試合、勝たないとだね」


 試合が始まり、キックオフした後に柏木のMFが東京陣地へボールを大きく蹴り出した。


 ゴール裏から選手たちのチャント(応援)が響き渡り、会場の一体感がさらに増していく。

 試合は東京ペースで進み、来田真琴を中心とした3トップの裏抜け戦術で一気に柏木の最終ラインにプレッシャーをかける。


「凄い……試合のスピードが、この前観た試合とは全く違う」

「そりゃそうだ。大学の2部リーグとプロじゃ差がありすぎる」


「……槇島もプロに行ったら、ここで戦うんでしょ?」


「俺が……プロ?」

「うん」


「何言ってんだよ佐々木」って、言おうとしたら、寸前で口が止まる。


 昨日、藍原にはサッカーが好きだと言うことを教えてもらった。

 その時散々泣いて、俺はサッカーが好きだから大学まで続けてきたんだって知ることができた……けど、多分それだけじゃない。


「俺は」


 佐々木は、サッカーの知識がほぼ無い。

 だから俺みたいな大学の2部リーグの選手がプロとは縁のない環境にいるってことも判らない。

 でもそんな佐々木の無垢な一言は、俺にサッカーをやる理由を思い出させてくれた。


 大学までサッカーを続ける理由は「好きだから」だけじゃない。


「……そうだな。俺も、"プロになる"ならこのスピードでやらないとな」

「そうだよっ。まずは1軍に上がらないとね」

「だな」


 プロになる、なんて人前で初めて口にしたかもしれない。


 ありがとう佐々木。


 「俺にプロなんて無理だ」なんてカッコ悪い台詞、やっぱ佐々木の前では言えない。

 でもそのおかげで、プロになりたいんだって再確認できた。

 やっぱ俺、お前の前じゃカッコ悪りぃ姿を見せられねぇよ。


 ✳︎✳︎


 試合はスコアレスドロー(0対0)で折り返した。


 ハーフタイムになると、佐々木のもぐもぐタイムが始まり、さっきから大切そうに抱えていたベビーカステラの袋を開ける。


「もきゅもきゅ」

「よく食うなお前」

「槇島も食べる?」

「……またパンケーキの時みたいにくれ騙ししないよな?」

「しないって!」

「じゃあ一つ貰お」

「はいあーん」


 佐々木はベビーカステラを一つ取り出すと、俺の口元に差し出した。


「は、恥ずかしいことすんなって」

「いいじゃん、槇島にとって今日は"デート"なんでしょ?」


 佐々木は俺の失言をいつまでもイジってくる。うぜぇ。


「ほらほら、早く食べないと——」


『へーい! 会場のサポーターたち!』


 その時、スタジアムDJのアナウンスがスタジアム全体に響き渡る。


『始まるぜハーフタイムショー! 今日のゲストはー! なんとなんと! 元Genesi starsのリーダーで、現在はシンガーソングライターとして活躍中の、MIZUKIさんでーす!』


 サポーターたちだけでなく、それを目的としたファンたちから黄色い声が聞こえる。


「元Genesistars……って、佐々木?」


 佐々木の手からベビーカステラがこぼれ落ちた。

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