22話 身バレ未遂とスタジアムデート
パンケーキを食べに行った時もそうだったが、佐々木は電車の中では一切喋らない。
混雑した車内の隅に立ち、ひたすらスマホに目を落とすと、俺を目の前に立たせることで他の乗客との間に壁を作っていた。
ちなみに、目の前にいる俺と目が合うと、俺が目を離すまで絶対に目を逸らさないのが、なんか怖い。負けず嫌いだからか?
降りる駅が近づいてきたので、俺はハンドサインで『次降りるぞ』と伝えようとしたが、佐々木はそれを無視して、自分のスマホを俺に手渡す。
……ん? なんだ?
『キミの左後ろ。ずっとこっちを見てる子がいる』
スマホのメモに書かれたその文を見た瞬間一気に血の気が引く。
嘘……だろ。
左後ろを確認すると、たしかに、小学生くらいの女の子がジーッとこちらを見ている。
……いやいや、判るわけない。
マスクもしてるし、メガネもしてる。
髪色も現役の明るい茶色じゃなくて、暗めの茶髪だし厚底ブーツで身長も高めに見えてる。
それに、俺が最初に綺羅星絢音だと判った時と同様、いくら怪しいと思っても、マスクの下を見ない限り断定はできないはずだ。
俺が心の中で焦っていると、目的の駅に到着したようで、電車が止まる。
「行こう」
俺は佐々木の手を取って電車から降り、周りを見渡しながら改札を通り過ぎる。
スタジアムから逆走し、人気の少ないマンションの日陰まで来たらやっと足を止めた。
「……こ、ここまでくれば大丈夫か?」
人目が付かない場所まで来たのに佐々木は何も喋らない。
何かあったのかと思って、俺は佐々木の方を見る。
「さ、佐々木?」
佐々木の方を振り返ると、佐々木の背後には小さな影が……。
まさか佐々木が喋らないのは。
俺と繋いだ手とは反対の手。
佐々木のその手を握っていたのは、電車の中にいた小学生くらいの女の子だった。
「お姉ちゃん……もしかして絢音ちゃん?」
その女の子はか細い声でそう尋ねる。
同ゼミの女子にすらバレてない佐々木が、こんなにもあっさりバレるとは……。
「佐々木、人違いだと言ってもう行こう」
俺が手を引こうとすると佐々木は「待って」と言い、その子の目線に合うようにしゃがみ込む。
「キミ、綺羅星絢音のファンなの?」
「うんっ。私、絢音ちゃんが大好きで……私も、絢音ちゃんみたいに可愛くなりたくて、ずっと、私の目標で! でも、最近テレビで見なくなったから」
舌ったらずでそう言う女の子。その子の頭を佐々木は優しく撫でた。
「お、お姉ちゃんは絢音ちゃん……なの?」
不安げな表情で尋ねる女の子。
佐々木はそれに応えるように無言で頷いた。
み、認めた……? いいのか佐々木?
「ねぇあなたのお名前は?」
「し、しずく……」
「しずくちゃんかぁ。あたしが目標ってことはさ、しずくちゃんもアイドルになりたいの?」
「うん! 絢音ちゃんみたいにみんなを元気にできるアイドルになる!」
「元気に……?」
「うん! 私ね、ずっとお腹が悪くて、お友達もできなくて、辛かったけど……絢音ちゃんを見たら元気にお外へ出れるようになったもん!」
「……そ、そっか。なら、良かった」
佐々木はそう答えながら立ち上がると、自然に俺の手を取った。
「しずくちゃん。ここであたしと話した事は、あたしとしずくちゃんだけの秘密にしよっか?」
「え? そっちの男の人は入れてあげないの?」
「うんっ、こっちの男の人はあたしのボディーガードさんだし」
「おい。誰がボ」
佐々木は半端ない握力で俺の手を握ってくる。
「グァッ」
俺が痛みで悶えていると、佐々木は手提げバッグの中から何かを探しだす。
「約束してくれるなら、このカチューシャあげる」
佐々木はバッグの中から赤いカチューシャを取り出すと、その子に渡した。
「わぁぁっ。いいの⁈」
「その代わり、約束、守れるかな?」
「うん!」
女の子はカチューシャを大切そうに受け取り、自分の頭に付けた。
こりゃ、一生の宝物になるだろうな。
「ねー、絢音ちゃんも今日の東フロの試合、観にきたの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあもしかして! 今日のハ——」
その時、女の子のポケットから着信音が聞こえる。(もちろんGenesistarsの曲)
その子は電話に出ると苦い顔を浮かべた。
きっと一緒にスタジアムへ来た親や友達に怒られたのだろう。
「あ、絢音ちゃんありがと。またねっ」
「うん」
佐々木は軽く手を振って、その子がスタジアムの方へ走って行くのを見送った。
「行っちゃったな」
「……はぁ。久しぶりのファン対応だったから疲れたぁ」
「お疲れ。お前って意外と子どもの扱い上手いのな」
「まぁねっ! あたし、お姉さんだからっ」
佐々木はあまり無い胸を張りながら、おそらくドヤ顔をしている。
俺たちはマンションの陰から抜け出し、大通りの「スタジアム通り」に出て、スタジアムへ歩きで向かう。
「意外とバレるもんだな」
「子どもってさもしも違うって言われた時の羞恥心とか感じないから、少しでも似てると思ったら声かけちゃうんじゃない?」
「そう思うなら尚更、明かさなくても良かったんじゃないのか?」
「……あたしも、あの子と同じことしたから」
「え?」
「あたしもね、子どもの頃にたまたま街で見かけた目標のアイドルに声をかけちゃったことがあったから」
佐々木はスマホの写真フォルダを開くと、俺にその写真を見せる。
写真には幼い姿で黒髪の佐々木と、隣には明るい髪色の女性が写っていた。
「あたしがアイドルを目指すきっかけになった人」
アイドルとかに詳しく無い俺からしたら知らない女性だったが、分かる人にとっては有名な人なのだろう。
「この日のあたしと、さっきの子を重ねちゃってさ。いつもなら違いますって言うけどね」
「そっか」
スタジアムに近づくと、スタジアム通りを歩く人が増えてきて、佐々木の口数が少なくなってくる。
大通りの先にある白の階段を上りきると、巨大なスタジアムが目の前に現れた。
自分たちと同じ、もしくは敵チームのユニフォームを来た観客がスタジアムの前を行き交う。
「凄い人の数……。これ全部サッカー観にきた人?」
「そうだ。東京フロンティアは、毎試合1、2万人以上入るし」
「へぇ……」
まぁ、アイドル時代、毎公演で数万人集めてた綺羅星絢音からしたら驚きはないのかもしれないが。
俺と佐々木は人の流れについていくように歩き、入り口前のスタッフにチケットを見せると、荷物検査を通る。
久々のスタジアムが近づいてきて高揚感が込み上げてくる。
最近は大学の試合とか練習とかがあって、なかなか試合を観に来れなかったからなぁ。
今すぐにでもピッチを観たくなった俺は、さっそくスタジアム内へ入場しようと思ったのだが。
「ねー槇島っ、食べ物たくさんあるよー」
スタジアムの中へ入ろうとする俺の手をぐいぐい引っ張る佐々木。
「スタジアムグルメか。結構並ぶし、それより早くピッチを」
「もー! あたしたちは指定席なんだからゆっくりでいいじゃん。ほらほら先に食べ物買うよ!」
「えぇー」
佐々木に手を引かれ、俺は佐々木と一緒にスタグルの列に並ぶことになった。
「で、何食べるんだ?」
「ベビーカステラと、クレープと、あとタコス!」
「クレープとタコス? 同じようなもんだろ」
「いいのー!」
佐々木は試合前からはしゃいでいた。
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