29話 偽カップルデート


「……次のデートが決まったら、この電話番号にかけて。できれば今週中にお願い。留守電の場合は日付と場所を残しておいてくれると助かる」

「はい……」


 デートの様子を提供する約束を交わし、水城さんとは近くにあった地下鉄の駅前で別れた。

 彼女とデートって……俺、彼女いないんだが。


「どうしたらいいんだよ……」


 大きなため息を吐きながら肩を落とす。

 きっと、あんな嘘をついたからバチが当たったんだ。


 しかし、どうしたものか。

 阿崎に相談して今すぐにでも彼女作るか?

 ……それじゃ阿崎あいつと同じクズ男じゃねぇか。

 今さら都会の毒気にやられて阿崎みたいにはなりたくはない。


 やっぱ正直に謝るか? 

 でもそうなったら間違いなく水城さんとデートすることになるし。


「もう腹を括ってやるしかねぇのか?」


 本当はこんなことやりたくなかったが、奥の手を使うしかないようだ。


 俺はスマホを取り出して、limeのチャットを開いた。

 こうなったら誰かに彼女役をやってもらうしかねぇ。


 俺が、1番信頼できる存在。

 そんなの、一人しかいない。


「頼む……助けてくれ佐々木」


 ✳︎✳︎


 お風呂から出てポカポカの身体を軽く冷ますために窓を開ける。

 涼しい風が入ってきたことで、部屋の中に入ってきた蝶が舞う。


 さっき入ってきたちょうちょさん、なかなか出ていかないなぁ。


 小さめのアゲハチョウ。

 小柄で可愛らしいけど、羽はとても立派。


 槇島のやつ、せっかく立派な羽のちょうちょさんの写真をあたしが日常の一コマとして送ってあげたのに既読スルーするし。

 今度会ったら、お姉さんとして注意してあげないと。


「ほらちょうちょさん、はやく出ていきなよ」


 蝶は窓のクレセント鍵に掴まり、羽を風に靡かせる。

 その光景は風情があって、不思議とずっと見ていられた。


 強い夜風が吹き抜け、それに乗って蝶は窓から出て行った。


「ちょうちょさん、もう2度とこんなに狭い世界に来ちゃダメだよー」


 蝶を見送ると、スマホから着信音が聞こえる。

 この着信音は……ま、槇島⁈


 あたしはベッドの上にあったスマホに飛びついて、電話に出る。


「まっ、槇島?」

『佐々木? 今時間あるか?』

「な、何⁈ 槇島の方から電話なんて珍しいじゃんっ」

『…………』

「槇島?」

『……週末って暇か?』

「うん、特に用事は無いけど……? まさか槇島ぁ、デートのお誘いとかぁ?」


 揶揄って言ったつもりだったのに、返ってきたのは真面目な答えだった。


『……おう、一緒に出掛けないか?』

「え……? 本当にデートのお誘いだったの?」

『ダメか?』


 まっ、槇島がデレた……⁈

 ふーん、槇島のやつ、なんだかんだ言って、あたしと会いたくなってんじゃーん。


「いいよっ」

『じゃ、じゃあ、土曜日でいいか?』

「うん」


 槇島のやつあんなに興奮しちゃって。

 ツンデレってやつ? いつもはあたしのこと子ども扱いしてくるくせに、甘えん坊なんだから。


 あたしは終始ニタニタしながら電話していた。


 ✳︎✳︎


 デート当日。

 俺はサッカーの試合以上に緊張しながら、待ち合わせの駅に着く。


 大丈夫、水城さんは邪魔せず観察するだけなんだ。


 デートの日が決まって水城さんに電話した時、当日の流れについて話したが、水城さんは邪魔したら意味ないから離れた場所から見ると言っており、俺も、彼女には話しかけないようしっかり念を押しておいた。


 それに、水城・佐々木の両者共に変装をしているから、もし鉢合わせたとしても、お互いに気づかないだろ。

 変に構えず、俺はリラックスして佐々木とデートすればいいんだ。


「お待たせっ」


 背後から声が聞こえて、俺の服を引っ張る。


「あたしとデートしたすぎて夜中に電話してきた槇島くんっ」


 佐々木……。

 調子に乗った佐々木が揶揄ってくる、慣れ親しんだ光景。

 なんだこの安心感。


「どしたの? ジッとこっち見て」

「な、なんでもない」


 ダメだダメだ。今日俺の中で、佐々木は彼女なんだ。水城さんがどこかで見てるんだから、カップルっぽいことしないと。


「……さ、佐々木」

「なに?」


 俺は恥ずかしすぎて目を逸らしながら、佐々木に右手を差し出す。


「手とか、繋がないか?」


「へ……?」


 ✳︎✳︎

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