20話 恋バナと2人でお休み
部屋のベッドに座っていた佐々木は、口をポカンと開けながらチケットを受け取る。
「槇島が……あたしを? なんで?」
「なんでって、特に理由は無いんだが……。嫌なら」
「行く! 明日暇だし!」
佐々木は食い気味で答える。
佐々木って意外とサッカー好きだったのか?
それとも今日の試合を観てハマったとか?
……ま、どっちでもいいか。
「で、これはプロ? の試合なの?」
佐々木はチケットを見ながら首を傾げる。
そこからか……。
「はぁ……」
「知らないんだからしょうがないじゃん!」
俺がため息を
「ほらっ、あたしにも判るように説明して」
「説明……? えーっと、日本のプロサッカーリーグで、Nリーグってのがあるだろ?」
「うん。それは聞いたことある」
「Nリーグの1番上がN1リーグで、明日観に行くのはそのN1リーグに所属する東京フロンティアの試合」
「東京、フロンティア……槇島はそのチームが好きなの?」
「あぁ。出身は山梨なんだが、ずっと前から東京フロンティアのことが好きでさ」
Jr.ユース(中学生年代の育成組織)のチームも、地元山梨のチームでは無く、大好きだった東京フロンティアを選んだくらいだ。
しかしその後、Jr.ユースの上にあるユースチーム(高校生年代の育成組織)に昇格することができず、俺は渋々スポーツ推薦で富山の古豪『私立星神学園高等学校』に進学した。
「そーいや、藍原も東京フロンティア好きって言ってたな」
「へぇ……じゃあもしあたしが断ってたら藍原さんを誘ったの?」
「いや? 佐々木が無理だったら、もう一枚のチケットはサッカー部の奴にあげようと思ってたけど?」
藍原って、東フロのガチサポっぽいし、シーズンシート買ってたり、毎試合ゴール裏(ガチ勢の領域、基本立ち見)にいそうだからSS席とか興味なさそうなんだよなぁ。
「それがどうかしたのか?」
「べ、別にー?」
「なんだそのニヤけ顔」
「ニヤけてないしっ」
佐々木はベッドから立ち上がると、大事そうにチケットを財布の中に終った。
「サッカーのこと大体理解した! 試合がお昼過ぎからなら、明日は一旦帰るね。お互い準備してからどこかに集合しよ?」
「了解。集合場所は大学の駅前でいいか?」
「うん!」
想像以上に佐々木が上機嫌で安心している自分がいる。
女子を誘うのってこんなにカロリー使うもんなんだな。(こういう時だけは阿崎を尊敬する)
明日の予定が決まったところで、俺たちは寝支度を調える。
「まずは、寝る場所だな……。佐々木、お前はベッドで」
俺が言う前に、佐々木はベッドの上で化粧品や鏡を広げていた。
「え? あたしがベッドでいいの?」
「おい、最初からそのつもりだったろ。遠慮というものを知らんのかお前は」
「だって、槇島なら譲ってくれると思ったしー」
「ったく、お前ときたら」
まぁいい。俺は阿崎が泊まって行く時に使う布団を出して広げた。
「俺はこの布団敷いて寝るから。寝相悪くてベッドから落ちて来んなよ」
「あれれ? わざわざそんなこと言うってことは、あたしに落ちてきてほしいんじゃないの?」
「思ってねぇ。それでまた脳震盪起こしたらどうすんだ」
佐々木は「ふーん」と言ってずっとニヤニヤ笑っている。
無性に腹が立つ。やっぱタクシー呼んで帰ってもらおうか?
「ね、槇島。新しい歯ブラシある?」
「歯ブラシ?」
「うん、この前携帯用捨てたの忘れて新しいの買うの忘れてて」
「新品なら洗面台の方にあると思う」
俺は佐々木と一緒に洗面台の前に来て、棚にあった新品の歯ブラシを佐々木に渡した。
「これでいいか?」
「うん、ありがと」
せっかく来たので、俺は自分の歯ブラシに歯磨き粉を付けた後、歯磨き粉を佐々木に渡す。
「ちょっと辛いかもしれないけどいいか?」
「気にしないから大丈夫っ」
俺たちは自然と洗面台の前に並んで、一緒に歯磨きをしていた。
流れでこんなことしてしまったが、これって……カップルみたいな。
洗面台の鏡で佐々木の方を見ると、佐々木も鏡越しにこちらを見ていた。
目が合って俺はすぐ目を逸らしたが、佐々木はずっとこっちを見つめていた。
「ぬ、ぬんだよ(なんだよ)」
「……ぬんであたひたひいっひょにはみばきしてるのはなぁって(なんであたしたち一緒に歯磨きしてるのかなって)」
「……」
「……」
こそばゆい空気になり、耐えられなくなった俺は、先にうがいをすると歯磨きを終わらせ、さっさと布団の中に入った。
佐々木も後ろをついてくるように、部屋に戻ってくる。
「槇島、もう寝るの?」
「ね、寝るっ!」
「えー、せっかくのお泊まりなんだからもうちょっと話そうよー」
「女子会じゃねーんだ……ぞっ」
佐々木は枕を抱きながらベッドに座り、布団で横になっている俺を見下ろした。
佐々木の生足が俺の腕に当たって、ぶかぶかTシャツの袖から佐々木の脇がチラリと見える。
「キミはあたしに聞きたいこと、ないの?」
「きっ、聞きたいこと……?」
「今ならなんでも、答えてあげるっ」
佐々木に聞きたいこと。
急にそんな話題振られても出てこないんだが。
「そ、そうだな……? じゃあ、初恋の話とか?」
「初恋っ⁈」
「どした? なんでもいいんだろ? やっぱり答えられないとか言わないよな?」
「む、むぅ……」
佐々木は両手で抱えていた枕に顔を埋める。
ふっ。流石の佐々木でも、恋バナは——。
「高校生くらいの時に」
「話すんかいっ」
「へ? だって、聞きたいんでしょ? あたしの初恋」
「ま、まぁ、気になったからな」
佐々木のやつ、ちゃんと初恋とか経験してたのか……。
俺は複雑な心境で佐々木の話に耳を傾ける。
「高校生くらいの時にね、お仕事で遠出したんだけど、そこで見かけた男の子のことが気になって……」
「待て。初恋が高校生の時なのか?」
「ダメなの⁈」
「ダメってわけじゃないが」
「……で、その男の子のこと、段々好きになっちゃったって言うか。見た目もカッコよくて、ストイックな印象で……。でも、一度も話したことも無いし、面識もなくて……」
「諦めた……のか?」
「ううん! 諦めてない! 諦めて……ないからっ!」
顔を埋めていた枕から、目だけを出して必死な眼差しを向けてくる。
そっか……佐々木って、ちゃんと好きな奴がいるのか。
そりゃ、そうだよな。歳上とはいえ佐々木も20歳の女子大生なんだから。
佐々木のことを精神年齢15歳と思ってたから、恋とかしてないと思ってた。
「そ、そうなんだな。見つかるといいな、その、男子が」
「……うん」
話を振っておいてなんだが、初恋トークとか、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃねーか。
「槇島は?」
「俺?」
「槇島の初恋、聞かせて」
「……よし。佐々木が誤魔化さずにちゃんと話してくれたんだし、男として、俺も話さないとな」
俺は一度身体を起こすと、正座をして、意を決する。
「……そう、俺の初恋は4歳の時だ」
「4歳⁈」
「おう。俺の初恋は、隣の家に住んでた女子大生のお姉ちゃんで」
「うわ……」
その後も俺は初恋の話として、地元の(現在35歳人妻)隣の家に住んでいたお姉ちゃんについて語った。
「……槇島って、普通にキモいよね」
「なんでだよ! 俺も真面目に初恋の話したじゃんか!」
「今もそのお姉ちゃんの事が好きなの?」
「それは無いな、人妻だし。今は……あんまそう言う感情無いって言うか。男子校に3年間いたから恋とか判んなくなったっつーか」
「そう、なんだ」
無駄にドキドキした初恋トークは、お互いに無言になって終わった。
佐々木はスキンケアを始め、俺は布団で寝転びながらサッカー雑誌を眺めていた。
なんだったんだあの時間……。
お互いの暴露大会して終わっただけ。
誰も得していないような。
佐々木のスキンケアが終わったら、俺は身体を起こして電気を消した。
「明日、楽しみだな」
「あたし、サッカーのことわからないんだから色々教えてよね」
「りょーかい」
「……おやすみ、槇島」
「おやすみ、佐々木」
佐々木との長い1日が、終わった。
✳︎✳︎
———
次のサッカー観戦編で、この作品の根幹に関わる新展開が……!
明日もよろしくお願いします!
※ラブコメ週間と日間で1位(1週間くらい)ありがとうございます!
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