19話 お風呂遊びとデートの約束


 元美少女アイドル(20)と一般男子大学生(18)が、一緒の浴槽に身を縮めながら入っているという異様な光景。

 男子大学生は腰にタオルを巻いており、もう片方の元アイドルは黒のサッカーパンツと白い練習着を着ながら入浴している。


 ……この風呂場、雑誌の特種スクープみたいになってるじゃねーか。

 佐々木のやつもさっきからずっと無言だし、何考えてるのか判らないんだが。


「なぁ、今日のお前ちょっとおかしくないか?」

「おかしいって?」

「やけに距離が近いというか……。心配で家に来てくれたのはありがたいけど、急に泊まるとか言ったり、今だって風呂一緒に入ったり……」

「……」


 佐々木は無言で上唇まで湯の中に浸かると、ぷくぷくと泡を立てながら、目ではこちらをジッと見つめてくる。


「おい、何か言ったらどうなんだ?」

「ぷくぷく」

「もう訳がわからん」


 俺が頭を抱えていると、佐々木が両手で水鉄砲を作って俺の顔面を攻撃してくる。

 こいつが何をしたいのか全く分からなくてもどかしい俺は、佐々木の攻撃を無抵抗で受け入れていた。


「槇島ノリ悪いよー、反撃してきなよー。ほらほらー」


 佐々木は人差し指をクイクイと動かし、挑発してくる。

 イラっときた俺は、立ち上がって浴槽の湯が溢れる勢いで、湯を佐々木にぶっかける。


「やったなー」


 すると佐々木も負けじと立ち上がり、俺たちは狭い浴槽でお互いに風呂の湯をかけあった。

 なんとも無意味な争い。でもなぜか、ちょっとだけ、楽しかった。


「もー、お風呂のお湯無くなっちゃったじゃん」

「何がしたいんだお前は」


 頭から体まで濡れてしまった佐々木。

 髪も服も濡れて、水が垂れている。

 特にびしょびしょの服は佐々木の身体に張り付き、その華奢な身体つきがさらに際立っていた。


 グラビアならまだしも、生はやっぱ違うな……ま、まずい、ずっと見てると、下半身がっ。

 俺は前屈みになりながら浴槽から出る。


「俺、もう出るから」

「えー! また溜めて2回戦やろうよー!」

「ガキかお前は! また溜めたら今日のお湯が無くなるだろ!」


 風呂の引き戸を開けると、ちょっと肌寒い空気が入ってきた。


「あたし、シャワー浴びていい?」

「構わないが、女性用のシャンプーとかコンディショナー無いけど」

「大丈夫大丈夫! ……同じ匂いっていうのもアリだし」

「ん? どした? やっぱ今から買ってきた方がいいか?」

「ううん違う違う! それより、できれば部屋着も貸して欲しいなって」

「部屋着だな、後で持ってくるよ。今着てるのは、水絞って洗濯機入れといてくれ」

「りょーかいっ」


 引き戸が閉まり、シャワーの音が聞こえる。

 俺はその横で体を拭き、ジャージに着替えると部屋に戻ってきた。


 風呂上がりに水でも飲むか。

 俺はのんびり天然水を飲みながら、佐々木を待つ。


「ったく、佐々木のやつは自分のことお姉さんだから〜、って言う割にやる事がガキっぽいよなぁ」


 水を飲んだ後、スマホを開くと監督からメールが入っていた。

 え、監督? やばい! すぐに返信しない……と?


『明日から1週間、お前を休部にする』


 き、休部……?


『脳震盪のこともあるが、お前はオーバーワークで自分を追い込み過ぎだ。少しは休め。以上』


 文面から監督の厳しさと優しさの両方が感じられた。

 1週間も練習ができない……。

 高校から今まで、1週間もフリーになることは無かった。

 悔しいけど、仕方ない。

 オーバーワークは前から指摘されていたことだし、監督もいい機会だと思って判断したのだろう。

 俺は「承知しました」と書いて返信した。


「さてと、佐々木の着替え探さねーとな」


 洋服タンスの中から佐々木の部屋着を選ぶ。

 佐々木サイズの服は流石に無いが、できるだけ小さめなTシャツとサッカーのショートパンツを選んで、風呂場に置いてきた。


 部屋着を選んだ時に散らかった衣服を終おうと、タンスを開けた時だった。


 ……っん?


 3段あるタンスの2段目を引いた瞬間、俺は違和感を覚える。


「おかしい……」


 俺はタンスの中にあったとブツ(DVD)を手に取る。


 晩飯を食べる前、俺はブツたちを全て、タンスの格段の1番下に隠したはずだ。

 なのに2段目だけ、服と服の間にブツのDVDが挟まれていた。


「間違いなく全部1番下にしたはずなのに……待てよ」


 俺はブツの上下にある服を確認する。

 それは……黒のアンダーシャツだった。


「なん、だと」


 俺は膝から崩れ落ちる。

 佐々木のやつ……見たのか?

 嘘だろ! おい嘘だと言ってくれ!


「槇島ー、服ありがとねー」

「……」


 俺のぶかぶかの白のTシャツと赤のショートパンツを履いた佐々木が部屋に戻ってきた。

 タオルでその短い茶髪を拭いながら、また服の匂いを嗅いでいる。


「うんうん、槇島の匂い」

「……おい、佐々木、そんなことよりお前。見たのか?」

「見たって……? あ"」


 佐々木の顔が硬まる。

 俺の手元にあるDVDに目をやると、額に出てきた汗をタオルで拭った。


「……見たんだな」

「み、見てない! 『ドキっ、歳上だらけの無人島鬼ごっこ! 捕まったらチョメチョメ』なんて見てないよ!」

「やっぱ見てんじゃねーか!」


 ✳︎✳︎


「槇島も男の子だもんね。でも、『ドキっ、歳上だらけの無人島鬼ごっこ』ってタイトルは流石に……ちょっとキモイかなって」


 佐々木はいつも通り赤面しながら俺にダイレクトアタックしてくる。

 誰か、俺をコロしてくれ。


「でもね! 槇島が歳上好きっていうのは、全然悪く無いんじゃないかなぁって」

「悪りぃ佐々木。ちょっと外の空気浴びてくる」

「槇島⁈ そこまで落ち込まなくても」


 俺は一旦外に出て、夜風に当たる。


「はぁ……佐々木のやつ、心の中ではめちゃめちゃキモイと思ったよなぁ」


 俺が落ち込んで、マンションの廊下から中庭の方を見つめていたら、部屋の隣にあるエレベーターから天然パーマのキモ男が急に現れた。


「よーっす、槇島ぁ。元気そうだなぁ」

「阿崎じゃねーか、ん? なんだよこんな夜になって」

「この前の合コンの時の報酬渡しに来たんだよ。ほら、明日の昼、東京フロンティアの第3節」


 阿崎から試合のSS席チケット2枚が渡される。


「スパイクの方は来週届くから練習の時に渡すわ」


 そう言って阿崎は手を振りながら踵を返す。


「あ、阿崎……!」

「どうしたんだ? SS席じゃ不満なのか?」

「そうじゃなくて! ……悪いが、俺1週間練習禁止になっちまって。来週は」

「そっか。じゃあ再来週渡すわ」

「そっかってお前、なんか冷たくないか」


 阿崎は戻ってきて、俺の肩をポンっと叩く。


「……とにかく休め。お前は大切な相棒なんだ。一緒に1軍で活躍するためにも今は休む、分かったな?」


 阿崎は、らしく無いイケメン口調で、「じゃあなっ」と言うと、エレベーターに乗って帰ってしまった。


 阿崎と、一緒に……。


「俺も行くよ。1軍に」


 脳震盪で練習に出れなかったり、点を決めたのに辛かったり、あと、佐々木に性癖がバレたり、理不尽なことばかりだけど。


「おかえり槇島。頭冷やしてきたの?」


 俺は部屋に戻って、佐々木にチケットを差し出す。


「佐々木、明日一緒に出かけないか?」

「へっ?」


 1週間しっかり休む。

 これは俺が一つ上のステージに登るために必要なことなんだ。


 ✳︎✳︎

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