16話 お泊まりデート⁈


 部屋に戻って早々、俺はあることを思い出す。


「……そうだ、今のうちに隠さないと」


 佐々木が料理をしている間に、俺は部屋にある見せられないものを別の場所に移動させる。


 さっきはベッドの上にあった『綺羅星絢音グラビア写真集』が佐々木の目を引いてくれたから良かったものの、そのベッドの下にあった、名前を出すのも憚れる"ブツ"が見つかっていたら、カフェの時みたいにぶん殴られる所だった。


 サンキュー綺羅星絢音。おかげで綺羅星絢音に殴られずに済んだ。(意味不明)


 俺が座って大人しく待っていると、キッチンから良い匂いがしてきた。


 それにしても女子の手料理とか初めてだな。

 佐々木も(アイドルだったとはいえ)ちゃんと女の子だし、料理とか上手いのか……?


 そういえば、さっき包丁でじゃがいも剥こうとしていたが……ピーラーの場所を教えた方がいいよな。もしも包丁で指を怪我したら大変だ。


「佐々木っ! ピーラーは流しの隣に掛けてあるからなっ!」

「はーい、分かってるー」


 待てよ……包丁だけじゃない。もしもアツアツの鍋でやけどなんてしたら。


「佐々木! 熱した鍋には触るなよ!」

「は? 触るわけないでしょ」


 いや、まだだ。

 皿に盛る時、うっかり鍋の取手を滑らせるかも。


「佐々木! 鍋はしっかり持って——」

「さっきからなに!」


 怒った佐々木が、キッチンからおたまを持って現れた。


「過保護すぎる親みたいな心配しないで!」

「だ、だってよ」

「子供扱いすんな!」


 佐々木はキレ散らかしながらキッチンに戻って行ってしまった。

 そうだよな、佐々木もちゃんと一人暮らししてるんだもんな。

 心配性の悪い癖が出ちまった、反省反省。


 その後も何度かキッチンの様子を見に行ったが、その度に怒られたので、大人しく部屋で待つことにした。


 ——待つこと20分


「槇島ーっ、できたよー」


 ご機嫌な様子で完成した料理を次々と運んできてくれる佐々木。


「おお……っ」


 ポテトサラダにポタージュスープ、それにミートソースパスタ。

 部屋のボロっちぃちゃぶ台には似合わない洋風な料理が並んだ。


「めっちゃ美味うまそう」

「冷蔵庫にあるものでパパっと作ったから凝ったものはできなかったけど……槇島が約束通り点を決めてくれたから、ちょっと張り切っちゃった」

「約束の時のディナーって、手料理のことだったのか」

「うんっ、あたし料理得意だしっ」


 佐々木は照れながら言うと、「さ、食べて」と促す。

 どれも美味そうだな。

 フォークを手に取ると、まずポテトサラダを食し、次にパスタを食した。


「美味い、めっちゃ美味いぞ!」

「でしょー」

「佐々木のことだから、見た目だけ完璧で中身がアレなのを想像してた」

「ふーん……。今なら手を滑らせてこのフォークがキミの身体に刺さっても、誰も見てないし、問題ないよね……?」

「す、すみませんでした」


 佐々木は振りかざしたフォークを下ろすと、そのままパスタを食べ始めた。

 あぶねー、パスタのミートソースを俺の血でさらに赤く染める所だった。


「おかわりもあるから」

「おう」

「それぞれ5杯分くらいおかわりできるように作ったから、遠慮しないでね」

「……え?」


 今……なんて言った?

 5杯がどうとか言ってなかったか?

 佐々木は立ち上がると、キッチンから鍋、大皿、ボウルの順番で持ってくる。


「槇島も男の子なんだし、いっぱい食べないとねっ」


 ボウルいっぱいのポテトサラダ、鍋スレスレのポタージュスープ、さらに大皿の上には山のように盛られたミートソースパスタが……。


 お、おいこれは流石に……多すぎんだろ。


「ほら、パスタのおかわり入れてもいい?」

「お、oh……」


 おかわりの量を見ただけでお腹いっぱいだが、男子校時代に鍛えられた胃袋を駆使して、なんとか全部残さず食べた。


 ✳︎✳︎


 俺が完食したことで、さっきから満足そうな佐々木。

 逆に食べすぎで苦しい俺は、天井のシミを数えながら食ったものが消化されるのを待っていた。


「あたしの料理が美味しすぎて食べすぎちゃうなんてー、槇島も可愛いところあるじゃん」


 佐々木はぷっくり膨らんだ俺の腹をさっきからツンツンしている。

 そのピンクネイルでツンツンされると地味に痛いからやめて欲しいのだが。


「皿は後で俺が洗っとく。今日は色々と心配かけてすまなかった。また明日連絡するからもう帰っ」


 起きあがろうとした時、佐々木が俺の肩を掴む。


「あたし、今夜はここに泊まるつもりだけど?」


「は?」

「?」


「はぁ⁈」


 俺は驚きで口からもんじゃ(吐瀉物)が飛び出るのを必死に手で抑えた。


「お、おまっ! 泊まるだと?」

「うん」

「俺の部屋にか?」

「うん」


 当たり前だろと言わんばかりにコクコク頷いてくる。


「もしかして、ダメだった?」


 佐々木は俺の隣でベッドに背中を預けながら、どこか寂しそうな表情になった。


「あたし、槇島のこと心配だから。もし夜中に異変が起きたら大変だし」

「で、でもよ! 俺の部屋に泊まるなんて、お前は嫌じゃないのか?」


「槇島にもしもの事がある方が、あたしは嫌」


「佐々木っ……」


 いやいや! あ、あの綺羅星絢音と同じ部屋で寝るのは流石にまずいだろ!

 仮にイビキとか聞かれて「キモっ」とか思われたくねーし……。


 ……だが、佐々木の気持ちを無碍にすることもできん。

 あくまで佐々木は、俺の病状を気にしてくれていて、泊まって行くだけ。

 それ以上、ねんごろな関係にはならない……よな?


「わ、分かった。そこまで言うなら、お言葉に甘えてもいいか?」

「泊まっていいの⁈」

「お、おう」


 俺が頷くと、佐々木はいつもの眩しい笑顔を見せる。

 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。


「じゃあ、早速なんだけど……」

「なんだ?」


「お風呂、入ろ?」


 …………はい????


 ✳︎✳︎

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