14話 お部屋デートは突然に(イチャイチャとムカムカ)


「槇島くんは、サッカー好きなんだよ——」


 私の一言で、槇島くんが泣き出した。

 今にも叫びたそうな声を堪えながら、歯を食いしばって涙を流す槇島くん。

 その姿を見て、私の目にも涙が込み上げてくる。

 私は何も言わず、槇島くんの背中を撫でた。

 その背中は想像以上に大きくて、ゴツゴツしてて。

 いつもスラッとしてる槇島くんも、ちゃんと男の子なんだなって思った。


「ごめん、藍原、俺っ」

「泣いていいよ。泣くことは、カッコ悪いことじゃないから」


 私も、サッカーをやっていた頃は毎日のように泣いていた。


 サッカーが大好きな気持ちがあっても、私は昔から運動が得意じゃ無かった。

 小学生の頃から消化試合以外でスタメンに入ったことはほぼ無い。


 そんな現状に拍車をかけるように、中学生くらいから、私は胸ばかり大きく育ってしまい、アスリートらしい身体のラインを保つのが難しくなった。

 いつしか、周りの視線がいやらしく感じるようになって、好きなサッカーも高校の途中で辞めてしまった。


 その日から勉強をするだけの日々が始まった。

 つまらない、受験勉強だけのモノクロな日常。

 その成果もあって、東京の最難関私立、高東大学に入ることができた……けど、喜びは無かった。


 そんな時、大学の学食にある大型モニターに映し出された、サッカーの試合に目を奪われた。

 後半の途中から入った18番の選手。自分のミスで失点しても、恐れず中盤に降りてポストプレーをする、18番の姿。


 失敗しても逃げない彼の姿は、サッカーから逃げた私にとって、心に響くものがあった。

 その日から私は、槇島くんに自分を重ねるようになっていた。


 槇島くんは、自分が成りたかった理想の姿なんだ。


「どう? 泣いたら少し落ち着いた?」

「……あぁ、すげぇスッキリした」


 槇島くんはティッシュで拭うと、笑顔でそう答えた。


「なーんか、俺、藍原にはカッコ悪いところばっか見せてるよな」

「そんなことないよっ、それに、槇島くんは失敗して成長してると思う」

「そ、そうか?」

「うん、今日の阿崎くんとのワンツーの時に見せたポストプレー、この前の試合ではあのポストプレーが敗因になっちゃったけど、今日は勝てたじゃん! それに相手は駒専大のキャプテンだったし」


 そう褒めると、槇島くんは分かりやすくニヤけた。

 槇島くん、意外と表情に出やすいのが可愛いなぁ。


「ありがとう藍原。これからも——」


 その時、シュルルッというカーテンの開く音が聞こえて、黒マスクとメガネの佐々木ちゃんが入ってきた。


「はーい失礼しまーす」


 飲み物を買いに行っていた佐々木ちゃんは、私に紅茶、槇島くんには何故かおしるこを渡す。


「おい佐々木っ。なんで俺はおしるこなんだよ」

「買っちゃったんだもん仕方ないじゃん」

「買っちゃったってお前。申し訳ないと思ってんなら自分の飲み物と交換しろって。ほら、お前のお茶くれ」

「嫌だー、キミは病人なんだからおしるこで身体温めなよ」

「はぁ?」


 佐々木ちゃんと槇島くんは夫婦漫才みたいな距離感で喧嘩を始めた。

 この二人、星神学園の話題で意気投合したって言ってたけど、やけに距離感近いような。


「あのーおしるこは私が貰おうか? この紅茶を佐々木ちゃんにあげるから、佐々木ちゃんは槇島くんに緑茶あげて?」

「でも、藍原が無理する必要は」

「いいからいいから」


 私は槇島くんからおしるこを貰って、佐々木ちゃんに紅茶を渡す。


「佐々木、お前も藍原くらい大人になったらどうだ?」

「うっさい」


 槇島くんと話してる時の佐々木ちゃん、伊沢ゼミのグループにいる時とだいぶ印象違うような。


「槇島くん」

「どした? やっぱおしるこ要らなくなったか?」

「違っ、そういうことじゃなくて。二人って」


「槇島ーっ! 生きてるかぁー!」


 今日は間が悪い人が多すぎるようで、今度は阿崎くんがカーテンを開け放って現れた。


「バカ阿崎っ。ここ病院だ」

「おっと失礼。お前が死んだら退学になるから必死で」

「退学? 一体、何のことだ」

「んなことより! あ、藍原さんもいたなんて……合コンぶりですね」


 阿崎くんは口調を変えて私に手を差し伸べる。

 やっぱり阿崎くんは苦手だなぁ。

 私は作り笑いを浮かべながらおしるこを自分のバッグに終うと、バッグを持って立ち上がった。


「じゃ、じゃあ槇島くん、お大事に」

「お、おう」


 もう少し槇島くんとお話しをしていたかったんだけど……まぁいいや。

 その後、阿崎くんの追走を無視して、私は病院を出た。


 ✳︎✳︎


 藍原が出て行くのと同時に、「藍原さんを送るからあばよっ」と言って阿崎のアホも病院から出て行った。


「あのアフロ、きもいから嫌い」

「同感だ。あいつとは近々縁を切りたいと思っている」


 阿崎はサッカーの才能以上に誰からも嫌われる才能をお持ちのようだ。

 嵐のような男が去って、静けさが戻ってくる。

 グラウンドにいた時は青く澄んでいた空が、すっかり夕焼けに変わっていた。


「さてと、長居はできないしそろそろ帰るか。ナースさん呼んでもらえるか?」

「分かった。ちょっと呼んでくる」


 佐々木にナースを呼んできてもらい、俺は帰り支度を進める。

 その途中、とある中年男性が俺のベッドのカーテンを開いた。

 真っ黒なサングラスに鼻まで被ったネックウォーマーで全く素顔が見えない。

 だ、誰だこのおっさん。来る部屋を間違えたのか?


「あの、ここは俺のベッドで」


 おっさんは俺を見るなり、謎の手紙をテーブルの上に置いて、その場から消えた。

 な、なんだったんだあの人。それにこの……真っ白な封筒は一体。


 俺は恐る恐るその手紙を開く。


『槇島祐太郎くん久しぶり。君にとって私は最低な男だ。それだけで誰なのか判るだろう。そんな私は今、東京フロンティアの強化部で働いている。今日の試合、君のゴールは1年前に私が君に期待していたゴールそのものだった。君は間違いなく星神の9番だ。いつか同じ場所で仕事をしたい。そんな私の夢を、君に託してもいいだろうか』


 俺はその手紙を読んだ瞬間、荷物を抱えて病室を飛び出したが、そこにあの人の姿はなかった。


「……なんで、何も言わずに」


 廊下で一人立ち尽くしながら階段の方を見つめていると、佐々木とナースがやってきた。


「槇島、もう帰っていいって」

「……っ」

「槇島ー?」

「お、おお! そうだな、帰るよ」


 今があるのはあの人のおかげだ。

 俺はもう一度、あの人の期待に応えたい。


「よいしょっ」


 佐々木は俺が手に持っていたショルダーバ

ッグを奪うと、自分の肩にかける。


「おい佐々木、それ俺のバッグ」

「ほら、一緒に帰るの」

「一緒に帰るって、どこに?」


「槇島のマンション」


「は?」


「こ、今夜は特別に……あ、あたしが、槇島の面倒見てあげる」


 ……え?


 ✳︎✳︎


 俺は自室の鍵を開ける前に、一度深呼吸をする。


「なぁ佐々木、3分間だけ待ってくれ。掃除をしたい」

「なに? あたしに見られたくないものあるの?」

「……ある」


 言った瞬間、佐々木は俺の手にあった鍵を奪って瞬時にドアを開けると、勝手に部屋へ突入しようとする。


「おま! ちょっと待て! てかなんだその早業っ」


 俺は必死で佐々木の服を掴もうとしたが、佐々木は抜群の反応で俺の手を躱して、部屋に入って行った。


 お、終わった、俺のプライベート。


 俺は頭を抱えながら、佐々木の後から部屋に入る。


「どーせ、えっちな本でしょー? あ、このカバーにかかってる本とか」


 ルンルンの佐々木は、ベッドの上にあったとある本を手に取り開いた。


「——え?」


 その瞬間、青い顔をした俺とは対照的に、佐々木は顔を真っ赤にして震えだす。


「ちょ、ちょっと槇島! これ」


「違うんだ佐々木。これは」


「こ、ここ、これ! あたしのグラビア写真集じゃん!」


(To Be Continued)


———

お部屋デート編、開幕!

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