11話 約束の試合(キックオフと女神の声援)
試合前のアップが終わり、ロッカールームに引き上げるとマネージャーがユニフォームの準備をしてくれていた。
ロッカーに掛けられた高東大学伝統の真紅のユニフォーム。
肩には一本の白線が流れており、胸にはユニフォームのブランドと高東大学のロゴがある。
俺の背番号は18。
普通だと準エースが付ける番号だが、うちの場合、11番以降は監督がランダムで決めたらしいから特に意味はない。
隣のロッカーの阿崎は、背番号10。
そんなBチームのエース様は、ベンチに寝そべりながらのんびりスマホを弄っている。
「阿崎、お前スタメンだろ?」
「んー? そうだけど」
「余裕こいてていいのか?」
「いいんだよ。このレベルで余裕が無いなら将来サッカーで食っていけねぇし」
「将来サッカーで食うつもりなら高卒でプロ行けば良かっただろ」
「うっせーなぁ。俺は女も食いたかったんだよ!」
このゴミ男がうちのエースとは。世も末だな。
「もういい。お前と話してるとイラつく」
「槇島よぉ、そんな冷たいこと言うなって」
俺は阿崎から離れようとしたその時、ロッカールームに監督が入ってくる。
「全員座れ」
高東大学サッカー部Bチーム担当の嶺井監督。
御歳70歳のベテラン監督で、目が隠れるくらいに伸びた白髪と長年蓄えた白髭が特徴の監督。
「今日は前から行け、最終ラインも絶対に下げるな。そして、ライン間のバランスは阿崎に任せる」
「うぃーす」
高圧的な監督に対しても、阿崎はいつもの調子で応えた。
こいつ命知らずなのか。
5分くらいのミーティングが終わると全員が荷物をまとめてグラウンドへ出る。
俺はマネージャーから受け取った緑色のビブスを着て、ベンチに座った。
佐々木のやつ、観にきてるんだよな。
ピッチと観客席の距離が近いので、意外と観客席に座る人の顔が見える。
観客席を見渡すと、端の方にミディアムショートヘアの黒マスクをした女子がいた。
「……そりゃ、来るよなぁ」
佐々木の前では強がって何点でも決めてやるって言ったものの、俺は心のどこかで、「佐々木だけには観られたく無い」という気持ちがあった。
佐々木の隣に座ってるのは藍原か?
あの2人……仲良かったのか。
ホイッスルが鳴り、ついに試合が始まる。
Bチームが集まったインディペンデンスリーグ第3節、高東大学と駒込専商大学の一戦は、序盤こそお互いに落ち着いた展開でスタートしたが、ハイラインを敷きながら中盤の阿崎を中心に縦へ速いサッカーを展開する高東が試合を握り始める。
さっきまでスマホを弄りながらニヤニヤしてたクズ男とは思えないくらい、阿崎はピッチに立つとクレバーな一面を覗かせる。
先輩に対しても物怖じせず的確な指示をするし、マリーシア(ずる賢い)なファウルの貰い方もする。
試合は高東が優勢だったが、今日は決め手を欠いた。
阿崎のミドルシュート4本、チーム全体で合計11本を放ったが、ネットを揺らすことはできず、結局前半は0対0で折り返したのだった。
ロッカールームへ戻ると、監督自らホワイトボードを持って阿崎の元で何やら話をしていた。
俺はマネージャーたちの手伝いでスクイズボトルを配りながらその様子を見ていたが、やけに視線がこちらに向けられていることに違和感を覚えた。
一体、何を話してるんだ。
しばらくすると、監督がこちらへ歩み寄ってくる。
「阿崎の野郎が駄々をこね始めた」
「だ、駄々?」
「槇島、後半から試合出ろ」
阿崎の方を見ると、笑っていた。
こいつなんでもありかよ、
✳︎✳︎
サッカーをスタンドで観戦すること自体が初めてのあたし。(というか選手権のマネージャーやっておきながらサッカーのことをあまり知らない)
試合もボールをポンポン回してばかりでつまんないし、何より、ピッチよりもベンチ裏でアップをしていた槇島の方へ目が行った。
槇島、ちゃんと準備してる。
サッカーってバスケみたいに何回も交代できないみたいだし、藍原さんの言う通り、出てくるのも後半なのかな?
うーん。正直、ルールもいまいちよく判らない。(オフサイドってやつが特に)
前半が終わり、目を丸くしながらピッチを眺めていたら、藍原さんが私の肩をツンツンしてきた。
「佐々木ちゃんってサッカーよく観るの?」
「まぁ、ぼちぼち(選手権の決勝をスタジオから1回観たくらい)」
「そうなんだっ、じゃあ好きなチームとかあるの?」
「えーっと」
あたしサッカーチームとか全然知らないんだけど!
なんでもいいから絞り出せ、あたしっ。
そうだっ。
「せ、
「まさかの高校サッカーファン⁈ 佐々木ちゃん通だね〜」
「あ、あはは」
高校サッカーファンって何? サッカーファンってそんな括りがあるの?
「……そっか! だから槇島くんと合コン抜け出したんだっ!」
「へ?」
なんで今になって合コンの時の話を?
「槇島くん星神出身だし、佐々木ちゃんが星神のファンだから、それで意気投合したって事なんでしょ?」
「……え? ま、まぁ」
「そっかなるほどー。槇島くんがやけに意味ありげに言うから変な関係なのかと勘違いしちゃった。そっかそっか」
よく判らないけど、もしかして、上手いこといった感じなの?
意味ありげにって、槇島ったら一体どんなこと。
「あ、もう後半始まるよっ」
「後半? ……っ!!」
さっきの緑のやつを脱いで真っ赤なユニフォームを身に纏った18番の姿が現れる。
あたしはマスクの下で口元を緩ませた。
ずっと推されて生きてきたから知らなかったけど、ステージに推しが登場する時の興奮はきっとこれに似ていたのかもしれない。
「佐々木ちゃん、ついに出てきたね」
「うんっ」
10番のモジャモジャ頭と話しながらピッチに足を踏み入れた槇島。
なんか……いつもの槇島と違う感じ。
すらっとした身体と、高い身長。
面構えも真剣そのもので、目つきも普段より鋭利で、ちょっと、カッコいい。
これが、3年間、全国に羽ばたくこと無くこの高東大学にやってきた槇島祐太郎——。
「槇島、頑張れ」
✳︎✳︎
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ラブコメの日間1位(週間4位)になりました!
皆様の応援のおかげです。
ありがとうございます!
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