9話 約束の試合(試合前に周りの人物たちと)


「槇島、練習頑張ってね」

「おう。お前もレポート頑張れよ」

「うんっ」


 図書館棟の前で佐々木と別れ、練習場に向かう。

 その道中、お馴染みの天然パーマが気だるそうに歩いていたので、声をかけた。


「よ、阿崎」

「……お、おう。槇島か」


 げっそりとした顔に、目の下にはクマ。

 今日の阿崎は露骨に元気が無い。

 

 さては阿崎のやつ、昨日のことを引きずってるな?

 あの後、持ち帰り失敗した、って言ってたもんなぁ。


「もしかして藍原にフラれたから落ち込んでるのか?」

「あ、当たり前だろ! 俺はな! 昨日改めて藍原さんを見て分かった。顔もクッソ可愛いし、良い匂いしたし、おっぱいもほどよくデカい! あの子は間違いなくミス高東になる! くぅ持ち帰ってヤりたかったーっ!」

「や、ヤりたいってお前、やっぱヤリ目(やることが目的)だったのかよ?」

「そりゃあ、藍原さんほどの上玉がいたら他の女は霞んで見えるからな。だから俺はまだ諦めねぇ、ぜってぇ藍原さんを俺のオンナにしてやるっ!」


 女のことになると闘志を丸出しにする阿崎。

 藍原以外は霞んで見える、か。

 お前の視界にも入らなかった「佐々木」ってヤツは、世間では国宝級と呼ばれているんだが。

 やっぱこいつ、女子のことを胸の大きさだけで判断してやがる。


「てか、槇島の方こそ、あの余ってたメガネ黒マスクの子とどうなったんだ?」

「佐々木な」

「あーそうそう。そんな名前だったな」


 もしこいつにサッカーの才能が無かったら間違いなくただのクズ男だな。昨日会ったばかりの人の名前を忘れるか普通?


「で、どうだった? 実はもう部屋に持ち込んでヤってたりして」

「何もねーよ。昨日のlimeでも言ったが、合コンから抜け出す口実に使われただけだ」

「ぷっ、あんな地味子すら口説けないとは、サッカーバカが極まってんなぁ〜槇島くーんっ!」


 阿崎は俺の肩をポンポン叩きながらウザ絡みしてくる。

 うん、こいつのlimeアカウントブロックしといて正解だったわ。


「そんなお前のためを思って、また合コン組んでやっから! 楽しみにしとけなっ」

「俺はもういい。それよりさ、昨日のミッション達成報酬は」

「お前はさ、色々とストレス溜めすぎなんだよ。いい加減、自分を癒してくれる女でも作って、サッカーの方も肩の力抜けって」


 自分を、癒してくれる女。


『槇島っ、ありがとね』


 真っ先に浮かんだのは佐々木の顔だった。……い、いやいや、佐々木には振り回されてるだけだろ。


「なぁ槇島よ。俺がプロを蹴ってまでこの大学に来た理由、教えてやろうか?」

「……は? お前ってプロ蹴ってここに来たのか⁈ 初耳なんだが!」

「理由、聞きたいか?」


 入学前の練習から阿崎は1年生の中でも上手いとは思っていたが、まさか、高卒プロ内定のチャンスを蹴ってここに来たのか。

 その理由なんて、聞きたいに決まってる……!


「教えてくれ、阿崎」

「おう……俺はな」


 阿崎は足を止め、空を見上げる。


高東大こうとうだいの高学歴ボインちゃんと、ヤりたかったんだ——」


「は?」


 ゴミ以下の理由を聞いた俺は絶句した。

 金輪際、こいつを親友とか呼ぶのやめよ。


 ✳︎✳︎


 ゴミと一緒にグラウンドにやってくると、既に他の選手たちが集まって自主練をしていた。

 その後、曇り空の下行われた午後の練習はゲーム形式の練習がメインだった。


 試合を明後日に控え、全員のモチベーションは最高潮。スタメンに選ばれるためには、ここで今の仕上がりを監督にアピールしなければならない……はずなんだが、控えメンバーの俺はベンチに座りながらピッチで躍動する仲間のプレーを見ていた。

 4時間にも及ぶ中身の濃い午後練が終わり、スタメン組に属する阿崎以外の1年生は片付けをさせられていた。

 備品を数える担当の俺は、コールドスプレーの数を確認した後、ボールの数を確認するため、ボールカゴに顔を覗かせた。


 ……あれ? ボール一個足りねえ。

 そういえば試合中にキーパーの田中先輩がパントキック蹴った時に明後日の方向へ飛んで行ったような。

 入口をそのまま通り過ぎて外周コースにまで出てったらやばいし、そこら辺の側溝とかにハマってないか見に行ってくるか。


「はぁ……」


 重い腰を上げ、記憶を頼りにその方向へ歩き出す。


「ボールボール〜、どっこだーボール〜」


 外とグラウンドを繋ぐ大学の内の道を、スマホのライトを使って照らしながら捜索を始めた。


「槇島、くん?」


 下ばっか見て小声で歌いながら歩いていると、目の前で俺を呼ぶ声がする。


「藍原じゃないか、昨日ぶり」


 目の前にいたのは、たまたまグラウンド沿いの外周を通りかかったと言う藍原だった。

 風で揺れるサイドアップの髪と、柑橘系の香水。

 唯一、昨日と違うのは黒縁の眼鏡をかけていること。

 昨日はコンタクトだったのかな。


「ご機嫌な歌だったね。良いことあった?」


 さっきの聞かれてたのか……恥ずかしい。

 俺が照れ笑いしていると、藍原は首を傾げた。


「どうしたの? こんな時間だし、練習はもう終わったんだよね?」

「終わったんだけどさ、ボールが1個足りなくて、探してたんだ」

「大変じゃん! 1個でも失くしたら先輩とかに、どやされるんじゃ。外周100周とか腹筋1000回とか!」

「流石にそこまでの罰は無いと思うが」

「私も手伝うっ」

「え? そんな悪いし、藍原は帰りだったんだろ?」

「いいのいいのっ」

「でも……」

「大丈夫っ、ボール探しは慣れてるからっ」


 頑として譲らない藍原。

 結局、俺は藍原と一緒にスマホのライトを点けながら側溝沿いを歩き始めた。


「昨日合コンで話した時も思ったんだが、藍原って、もしかしてサッカー経験者?」

「うんっ。小学校から高校までずっとやってたよ」

「へぇ……中学から始めた俺なんかより長いんだな」

「えへへ。でもね、下手っぴだったから、いつもベンチで、ベンチにすら入れない時は、ボール拾いしてた。だからね、ボール探しは得意なんだっ」


 藍原は明るく振る舞いながらも、思い出したく無いような自分の過去を赤裸々に話す。


「試合に出れないからサッカーを辞めよう、とか思わなかったのか?」

「うんっ、思わなかったよ。だって私、サッカーが好きだもん。どれだけ辛いことがあって、理不尽な扱いをされても、サッカーができればそれでいいかなって」


 藍原は普通に凄いと思った。

 俺は今までサッカーを好きとか思ったことが無い。

 中学の時に友達の勧めでJr.ユースのテストを受け、そこからサッカーという名の競争を始めた俺にとってサッカーはずっと闘いだった。


「いつか、憧れの御白選手みたいな絶対的なストライカーになるんだって夢見てたの」

「御白……っ」

「これでも私、ずっとFWだったから。お恥ずかしながら公式戦0ゴールの情けないFWだったけど、御白選手を目指して頑張ってたんだっ」


 御白鷹斗——28歳にしてスペインの強豪FCバルサミコの9番を背負い、昨年、ハーランやエムバペを抑えて世界最優秀選手に輝いた、日本、いや世界の絶対的エースストライカー。

 藍原が憧れるように、俺も彼に憧れた。

 日本人なら誰もが彼を目標にする、そんな選手なのだ。


「でもさ、ついにそのサッカーすら大学で辞めちゃった。いい加減、普通の女の子みたいな生活したかったし、女子大生らしく楽しいことを見つけたかったんだ。それに、サッカーはやるだけじゃなくて、観るのも楽しいから、もう後悔はしてないの」

「そ、そっか……」


 藍原はスタイルいいし、阿崎みたいなチャラ男が黙ってないくらい可愛いし、何の苦労もなくここまで来たのだと、勝手に思っていた。

 佐々木といい、藍原といい、可愛い子ほど苦労するものなのかな。


「えっと、なんかごめんね! 私、自分語りしてキモかったよね⁈」

「いいや。藍原は立派だ。自分のことをよく分かってる」

「そう、かな?」

「それに比べて俺は、ずっと分からないままだからさ」

「槇島くん……」


 俺も藍原みたいにスッと辞められたらどんなに楽なことか。

 どこかで、自分で限界を探しているのかもしれない。


「ね、ねぇ! 話は変わるんだけど」


 藍原は空気を変えるためなのかさっきよりも明るい声色で話し始める。


「昨日の合コン。槇島くん早くに帰っちゃったよね? 何かあったの?」

「えーっと」


 佐々木と抜けたことはあの場の全員にバレてるし、ある程度佐々木のことに触れないといけないよな。


「ごめん。佐々木と意気投合したからさ」

「意気投合って?」


 やっべ、この質問に対する言い訳考えてなかった。

 そもそも趣味すら違う佐々木と何で意気投合したんだ俺! ……いや、してないしてない。意気投合はしてないぞ。


「それは……ナイショだ」

「ふーん」

「……」

「……」


 藍原から疑いの目線がこちらに向けられる。


「ねぇ、槇島くんは佐々木ちゃんと——」


 その時だった。

 俺が緑の金網の下にある側溝にライトを向けた瞬間、ボールがハマっているのが見えた。


「あ! あった……」

「よ、良かったね! これでどやされずに済むねっ」

「お、おう。一緒に探してくれてありがとな、藍原」


 藍原にお礼を言って別れた俺は、すっかり暗くなった夜道を戻り自主練に励むのだった。


 ✳︎✳︎


 ——

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 次回は約束の試合です。

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