8話 元アイドルはお出かけしたい(ちょっぴりえっちでちょっぴり進展)


「俺って、綺羅星絢音からビンタされた最初の男だよな」

「当たり前! ビンタなんて初めてしたしっ」

「……実はしょっちゅうやってたり」

「やってないから!」


 佐々木は「ふんっ」と口を尖らせると、無心でパンケーキを食べ始めた。

 怒ったり照れたり笑ったり、感情の忙しいヤツだな。

 パンケーキを食べる佐々木も見飽きて来たので、店主さんの方を見ると、相変わらずレジ前で暇そうにうたた寝をこいてた。

 このカフェ、大丈夫なのか?


「……そうだ」

「どしたの槇島?」

「俺、ちょっと席外すわ」

「どこ行くの?」

「WCだよ」


 ✳︎✳︎


 席に戻ってくると佐々木は既にパンケーキを完食しており、スマホをタプタプしていた。


「あんま目を近づけてスマホ触ると視力落ちるぞー」

「うっさい」

「ったく、反抗期の子どもかよ」

「槇島の方こそうちのお母さんみたいな注意しないでっ」


 佐々木は俺が戻って来たので、メガネとマスクを付け、トートバッグを肩に掛けると帰り支度を済ませた。


「あれ? さっきまでここにお勘定の紙無かった?」


 テーブルの上にさっきまであった勘定書を探す佐々木。


「もう払っておいた。店主さん暇そうだっし、混んでくる前に払ってあげた方がいいだろ?」

「え、でもお金」

「別にいいよ、これくらい」

「だーめ! 食べたのほとんど私だし!」


 佐々木は自分の財布から野口を3枚取り出すと、俺の方に押し付けてくる。


「いいって」

「だめなのっ」

「しつこいな、だからいいって」

「もー! あっ、そうだ」


 佐々木はしゃがみ込むと、ポケットから飛び出ていた俺の長財布を引き抜いた。


「受け取ってくれないなら、入れといてあげるっ」

「お前なぁ、こういう時の男の気持ちにもなれっての」

「男の気持ち?」


 単にこいつが律儀なだけかもしれないが、そんなに可愛い顔してなんで奢られ慣れてないんだよ。

 俺が呆れる傍らで、佐々木は体を震わせる。


「どうした佐々木?」

「ね、ねぇっ。こ、ここ、これ」


 佐々木は裏返った声で聞いてくる。

 なんのことかと思い、佐々木から財布を受け取り、財布の中をよく確認すると、そこにはブツが入っていた。


 そういえば——。

 俺は昨夜のことを思い出す。

 阿崎のジャケットにブツが入ってて、俺はその後、財布にそれを。


「さ、佐々木誤解だ! 一旦店から出ようっ」


 店を出ると、俺はすぐに昨日阿崎からジャケットを借りたこと、そこからブツが出て来て返そうと思っていたことを説明し、必死に弁解した。


「分かったか?」

「そうだよね。槇島も男の子だもんね。彼女はいなくても、そういうことはするんだね」

「分かってねぇのかよ! 俺の話を聞けっ」


 風邪をひいたのか疑うくらい顔が真っ赤の佐々木。

 俺も同じくらい頬を熱くしながら必死に話したのだが、佐々木は聞く耳を持ってくれない。


「昨日ってことはさ、合コンの後……する、つもりだったの?」


「え?」


「……あの後、あたしとえっちなことするつもりだった?」


 佐々木は恥ずかしそうに目を背けながら聞いてくる。

 す、するって……そーいうことだよな。


 俺が、佐々木と……あの、綺羅星絢音、と?


 ピンクライトに照らされたベッドの上で身体をバスタオルで隠しながら肩だけ露出した綺羅星絢音が俺を手招きする。

 俺はそれに誘われて綺羅星と——。


 だ、ダメだダメだ!


 脳内でいかがわしい妄想が浮かびかけたが、なんとか理性を取り戻し、俺は佐々木と向き合う。


「し、しねーよ! さっきも言っただろ、これは阿崎に返すために財布に入れてただけであって。それに俺は……そういうこと、したことねーし」

「本当?」

「嘘言って何の得になる? 俺はな、阿崎みたいなチャラチャラしたヤリ●ンとは違って、ストイックなんだよ」

「ふ、ふーん」

「だからさ、さっきのは誤解——」


 その時、佐々木は俺のジャージをグッと掴んむと、やっと目を合わせてくれた。


 佐々木、やっと理解してくれたのか?


「わっ! 私もしたこと無いから!」


 佐々木は今にも泣きそうな顔でそう言い放つ。


 ……は?


「だから、お揃い、だね? 槇島」

「……お、おう。お揃い、だな」


「「…………」」


 なんでそんなことカミングアウトしたんだよこいつッ!

 おかげで変な空気になっちゃったんだが。


「どう考えても、お前は言う必要無かっただろ」

「だ、だって、槇島だけにそんなこと言わせたら可哀想だと思って」

「要らん同情をするな!」


 でも、この半日でなんとなく佐々木の人間性が分かってきた気がする。


「無駄に疲れたな。もう1時だし、大学に戻るよ。佐々木はこの後どうするんだ?」

「あたしも大学戻ろうかな。図書館でレポートの文献探さないと」

「なら一緒に戻るか」


 また2人で電車に乗って大学へ戻る。

 帰りの電車は人がガラ空きで、俺と佐々木は並んで座る。

 

「槇島っ」

「ん?」


 佐々木は自分のスマホを俺の掌にそっと置いた。

 人がいないのだから普通に喋ってもいいような気もするが……。

 俺はスマホの画面に目を向ける。


『約束、忘れてないよね』


 なんだ、そんなこと心配してたのか。

 昨日の今日で忘れるわけないだろ。


『当たり前だ』と書いて渡すと、佐々木はすぐに返事を書いて俺に返す。


『絶対観に行くから、約束守ってね』


 佐々木……。


「任せろ。1点でも2点でも取って、お前に向けてゴールセレブレーションしてやる。だから、覚悟しとけよ」


 俺は声で伝えた。

 まるで、自分に言い聞かせるように。


 佐々木は笑顔の絵文字を連打して、俺に見せた。


 ✳︎✳︎


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