7話 元アイドルはお出かけしたい(パンケーキ、あ〜ん、間接キッス(仮)


「パンケーキ楽しみ〜」


 パンケーキを待つ時間、ずっとご機嫌な佐々木。

 マスクとメガネも外してるし、無防備にもほどがあるだろ。

 明るい場所で佐々木の顔を見るのは初めてだったが、何にも隠されていない佐々木の顔は映像で観るより小さくて、「美少女の顔の比率はこうですよー」と言わんばかりに、端正なその顔つきは、まさに偶像アイドル。ずっと見てると心臓がじんわり温かくなってくるし……これが、国宝級と言われた美少女のオーラなのだろうか。

 一言で「可愛い」と形容できる女子は大学にも山ほどいるが、佐々木はそのレベルじゃない。

 男を転がしてそうなその目。マスクでいつもは見えないが、小さくて高い鼻と作り物みたいに潤いのある唇は、綺羅星絢音の映像を見た時から目を惹きつけられた。

 全てのパーツが98点以上、ファンが山ほどいるのも理解できる。

 天性の美貌を生まれ持ったのに、佐々木はなぜ芸能界引退したのか……。


「どしたの槇島?」

「なっ! なんでもない!」

「?」

「せめて、メガネくらいはしておいた方がいいんじゃないかと思ったんだ」


 これ以上お前の顔を直視すると俺の心臓が持たんぞ。


「他のお客さんが来たら一瞬でバレるだろ?」

「大丈夫大丈夫。ここのお店ってそんな混み合うこと無いし、お客さんが来たらすぐ変装するから」

「混み合うことがないのに予約したのか?」

「あたしの場合は予約しないといけないの」

「佐々木の場合?」


 ちょうどその時、店主さんがドリンクを持ってきた。


「絢音ちゃんはね、有名人さんだから来る時は連絡を頂戴ってお願いしてるの。はい、ドリンクです」


 この人、俺たちの会話聞いてたのかよ。


「……あれ?」


 あの店主、何ごとも無いかのように会話で誤魔化しながらドリンク置いてったけど、なんだよこのドリンク。


 富豪が飲んでそうな底が深いグラスのブルーハワイソーダ。

 あれ? 2人なのにドリンクが1つ? それになんだこのストロー。

 二股ソケットみたいに中央で分かれ、真ん中にはハートが……って、これはまさか。


「あ、あわわわっ」


 国宝級アイドルも流石に慌てふためいているようだ。


 店主は一回キッチンへに下がったと思ったら、1眼レフカメラを持って戻ってきた。


「店主さん。普通のストローはないんすか?」

「あらぁ〜カップルなんだからいいじゃない。ほら写真も撮ってあげるし……1眼で」

「こ、こんなのできるわけないじゃん!」

「あれれ絢音ちゃん? あなたたち付き合ってるんだよね?」


 なるほど。注文した時の不敵な笑みはこれを企んでいたからか……。


「あっ! まさか、二人って偽カップルなんじゃ」

「佐々木! やるぞ……」

「ちょっ、槇島⁈」

「お前もほら、さっさと顔、近づけろよ」


 俺が先にストローの片方を咥えると、佐々木は店主を睨みつけながら俺と目を合わせることなくストローを咥える。


 こっちは自主練を辞めてわざわざ来てんだ。

 このまま限定商品が食えなくなって、時間を無駄にするわけにはいかないだろ。


「はーい、こっち見てー」


 店主がカメラを構えながら手招きしてくる。


 お互いにストローを咥えてからというもの、ずっと佐々木の唇がぷるぷると震えているのが伝わってくる。

 こいつ、自分のことを年上アピールする割には色々と弱すぎだろ。


「おっとその前に〜、二人とも手でハート作ってー」

「はぁ⁈ やるわけ」

「佐々木、やるぞ」

「槇島⁈」


 俺が右手でハートの片割れを作ると、佐々木は震える左手でハートを作った。


「はいちーずっ」


 ✳︎✳︎


 スフレパンケーキを待つ時間、佐々木は(恥ずかしさからオーバーヒートで)お手洗いに行って戻って来ない。


 俺は一人窓の外を見ながら、胃がタプタプになるくらいのブルーハワイソーダを、チビチビ飲んでいたのだった。


「た、ただいま」

「……おかえり」


 佐々木がハンカチで手を拭いながら戻ってきた。

 そして、気まずい空気が流れる。

 お互い数分くらい無言でメニューとかをチラチラ見ていたが、佐々木が先にその微妙な空気を終わらせた。


「なんかごめん! 槇島っ」

「お前が謝ることじゃないだろ」

「でも」

「パンケーキ食えるんだから良かったじゃないか」

「うん……」


 イタズラが見つかって怒られた子供みたいに、目を赤くしながら俯く佐々木。

 まさかトイレで泣いてきたのか?

 そりゃ、好きでもない男とあんなことさせられたら嫌だろうしな。


「俺とあんなことして嫌だったろ? 時間を無駄にしたくないからって意地になっちまって。悪かった」

「嫌なんか——っ! 違っ、嫌だった!! なんであたしがキミとあんなこと!」

「だよな、すまんすまん」


 佐々木は俺からブルーハワイサイダーのグラスを奪うと、もう片方のストローで飲み始める。


「ちょ、それ俺が飲ん」

「槇島ってさ、本当にバカ、だよね」


 佐々木は小悪魔みたいな笑みを見せて、ストローを吸った。


 何言ってんだこいつ……。


「そりゃバカだろ。偏差値40だし」

「ひっく! ホントにバカだったの⁈ え、40って、いくらスポ推でもうちの大学は受からないんじゃ」

「日本史だけは70だった」

「どゆこと⁈」


 俺たちが楽しげに話していると、店主がスフレパンケーキとやらを運んできた。


「こちら限定のスフレパンケーキとー、さっき撮ったラブラブ写真でーす」

「写真は要らないから!」

「もぉ絢音ちゃんったらそんなこと言ってー。欲しいくせにー」

「要らない!」


 佐々木はそう言いながら写真を店主に返した。


「ふふっ、じゃあまた今度データで送るね。ごゆっくり〜」

「……もうっ」


 明るい店主さんだな。

 あの綺羅星絢音に対してもあんな軽快に接客することができるなんて……。有名人ってことは知ってるけど、綺羅星絢音ってことは知らない、みたいなことは流石にないよな。


「わぁ、スフレパンケーキ! ふわふわとろとろ〜」


 佐々木はパンケーキを見るなり即座にナイフとフォークを手に取って食べ始めた。


「槇島も食べる?」

「いや、俺は」

「はい、あーん」


 とろとろで今にも溢れそうなスフレパンケーキ。

 佐々木はそれをフォークで上手く掬って俺の方へ差し出す。

 パンケーキも来たし、これ以上カップルのフリをしなくてもいいはずだが……。

 仕方ない、食べてやるか。


 俺がそれに応じようと口を近づけた瞬間、佐々木は逆再生みたいにフォークを戻し、自分の口に運んだ。


「むふぅ〜、おいし〜」

「……」

「やーい槇島騙されたー! なになに? あたしがあーんしてくれると思ったー? ぷっははっ!」


「…………」


「な、なに? 悔しいからってそんな真顔」

「なぁ、佐々木。お前にはずっと内緒にしてたんだが」


 俺はブルーハワイのグラスを手に取る。


「お前がトイレに行ってる間に、ストローを逆にして飲んでた」


「は……はぁぁぁああ⁈ じゃ、じゃあ! キミがあたしの咥えてたストローで飲んでて、あたしはその後、キミが咥えてたストローで……つまり、か、かか、間接キス!」


「嘘だ」


 ブチギレた佐々木に頬をぶっ叩かれました。


 ✳︎✳︎


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