6話 元アイドルはお出かけしたい(電車の中でもイチャイチャ)


 佐々木行きつけのカフェとやらは、大学から3駅先にあるらしい。(結局行くことになった)


 ちょうど通勤ラッシュの終わり頃だったため車内は若干混み合っていたが、乗った時にちょうど目の前の1席が空いたので、俺は佐々木に席を譲り、佐々木の前の吊り革を掴んだ。


 今さらだが、こいつが綺羅星絢音って意外と気づかれないもんだな。


 髪や目つきをよく見たら一瞬でバレそうなものだが……髪色が現役の頃より、濃いめの茶色になっているし、マスクで口元が見えないから「似てるなぁ〜」くらいにしか思われないのか?


 そんなことを考えながら佐々木を見つめていると、佐々木は目をぱちくりさせて逆に睨み返してくる。

 俺は別に喧嘩は売ったつもりはないんだが。


 しばらくお互いに話すことなく電車に乗っていたのだが、佐々木はずっと何もしないでこっちを見ていた。

 何か話したいことがあるのかと思い、俺はスマホのメモアプリを立ち上げて、簡単にメモを書いてから佐々木に手渡す。


『お前声出すとヤバいだろ? だから筆談で話さないか?』

『いいけど、さっきはどうしてこっち見てたの?』


 なるほど。こっち見てたのはそれが聞きたかったのか。

 特に理由があって見ていた訳じゃないんだが……あ、そうだ。

 俺は朝から気になっていたことを聞いてみることにした。


『今日はカチューシャが無いと思ったから』


 そう書いて渡すと、佐々木は眉間にシワを寄せる。


『寝坊しちゃったから、付けるの忘れたの』


 そういえばこいつ、教室に入ってくるのが俺より遅かったもんなぁ……。

 意外と朝に弱かったりして。


 俺がクスッと笑うと、佐々木は「さっさとスマホを寄越せ」と言わんばかりに手を差し出す。


『笑うなばか!自分だって寝坊したくせに』

『なんで俺が寝坊したの知ってんだよ』


 俺がそう返すと、佐々木は咄嗟に口を手で隠した。

 喋ってないのにその仕草すんのか。


 ちょうどその時、目的の駅に到着した。

 佐々木は俺にスマホを返しながら立ち上がり、俺と一緒に電車から降りる。


「で、なんで知ってんだ?」

「そ、それは……キミって、いつもなら前の席に座るのに、今日は珍しく1番後ろの席だったから」

「お……お前って」


「洞察力凄いな」って言おうとしたら、佐々木に背中をぶっ叩かれた。


「違うから! そーいうのじゃないから!」

「なっ、何がだよ!」

「ふんっ」


 拗ねた佐々木は先に改札を通ると、さっさと歩いて行ってしまう。


 こいつってかなり面倒くさい性格してるよなぁ。

 アイドル時代、メンバーと衝突した理由はここにあるに違いない。


 俺は佐々木を追いかけて改札を出る。


「なぁ佐々木、機嫌直せって」

「別に怒ってないし!」

「ならなんで、そんなにほっぺが膨らんでんだ?」


 マスク越しでも判る佐々木の膨れっ面。

 その膨らんだほっぺたを人差し指で押してみると、佐々木は「ぷへっ」と声を漏らす。


「あははっ、なんだよその声!」

「もー!」

「……ほら、いつまでも怒ってるとパンケーキも不味くなるぞ」

「むぅ……」


 またほっぺが膨らんだので、さっきと同じように押してみると「ぷへっ」と声を漏らし

た。


「ま、槇島ってさ、手慣れてるよね」

「手慣れてる?」

「女子の扱いのこと。合コンの時も他の子と楽しそうに話してたし」

「そんなの意識したこと無かったな……高校が男子校だったから、そのノリで女子と話してるだけなんだが」

「そっか星神——」

「ん?」

「ううん! なんでもない! それより、行きつけのカフェはもうすぐだよっ」


 駅から10分ほど歩いた先にある住宅街。

 そこにポツンと木造りの小さなカフェがあった。

 店の前にある黒板には、

【カップル限定! 特大ふわふわスフレパンケーキセット】と書かれており、佐々木は目を輝かせてそれを見ていた。


「槇島! はやく行こっ!」

「お前、パンケーキになるとテンション上がるよな」

「当たり前じゃん! アイドル時代は『絢音パンケーキ巡りますっ』ていう番組持ってたし! パンケーキはね、ふわふわで〜」


 メガネが曇るくらい熱心にパンケーキ愛を語る佐々木を無視して、俺は先にカフェに入る。


 俺に気づいた女性店主が「いらっしゃーい」と言ってこちらに歩いて来る。


「2名で」

「はいはーい」

「ちょっと槇島! 何勝手に入って」


 店の前で呪文のようにパンケーキ愛を語っていた佐々木が店に入ってきた。


「あらら、絢音ちゃんの彼氏だったの?」


 か、彼氏……。


「俺は別に彼」


 否定しようとしたら佐々木が俺と店主の間に割って入ってくる。


「そ、そうなの! カップル限定が出るってSNSで見て連れてきちゃった!」

「あらぁ〜。そう……この子がねぇ」


 この距離感……どうやらこの店主と佐々木は仲が良いらしい。

 俺と佐々木は案内された窓際のテーブル席に向かい合って座った。


「はいお水ね。絢音ちゃん、注文はカップル限定セットだけでいいの?」

「サンドイッチもお願い。今日まだ何にも食べてないから」

「はいはーい。彼氏さんは?」

「俺は大丈夫っす」


 注文が終わると、店主はニコッと笑顔を残して行ってしまった。

 ……多分、佐々木と俺が付き合って無いのバレてんな。

 なんか嫌な予感がする。

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