5話 元アイドルはお出かけしたい(お説教と仲直り)


 教授に学生証を奪われ、学籍番号を控えられてしまった俺たち2人は、講義が終わるまで教授から鋭い目線を向けられていた。

 授業終了後、俺と佐々木はため息を吐きながら教室を出る。


「ちょっと! 槇島のせいで学籍番号控えられちゃったじゃん!」

「…………」

「キミが子どもみたいにちょっかい出して来るから——」

「…………」

「どうしたの槇島? いくらなんでも落ち込みすぎじゃ」

「……俺、この大学にスポ推で入ったんだが、半額とはいえここの学費クソ高くて奨学生でもあるんだ。だからさっきの一件であの講義の成績が落ちたら……親に会わせる顔が」

「ご、ごめんごめん。あたしが悪かったからさ、そんな落ち込まないでよっ」

「はぁ……」


 俺が落ち込んでいると、佐々木は俺の背中を叩いて励まそうとしてくれた。

 そう言われてもな、ただでさえバカな俺にとって1単位1単位の成績が生命線なんだが。


「そうだっ。ねぇ槇島? この後の自主練はまた今度にしてさ、気分転換にあたしが予約してたところに——」


「それはダメだっ……!!」


「え……?」

「俺は、自主練しないと、ダメなんだ」

「……そ、そっか」


 俺は踵を返すと、リュックとシューズバックを持ってグラウンドの方へ向かう。


 何、焦ってんだよ俺。

 佐々木に八つ当たりしても、何にもならないじゃないか……! 


 流石の佐々木でも怒らせたよな、きっと。


 それでも背後からコツンコツン、とずっと同じ靴音が聞こえる。

 これ、佐々木のショートブーツの音……?


 俺が振り向くのと同時に、その靴音が止まる。

 そう、佐々木はずっと俺の後をついてきていたのだ。


「…………」

「…………」


 お互いに無言の時間が続いていたが、俺が先に痺れを切らせた。


「さ、佐々木」

「なに?」

「……さっきはごめん! 急に怒ったりして、びっくりしたよな?」


 俺が謝ると、それを聞いた佐々木は目の前で笑い出す。


「ぷっ、あはははっ。なにそれ! なんで槇島が謝ってんのっ?」

「だってよ、よく考えたら俺がレジュメ忘れたのが事の発端だし、授業の後に自主練するって事前にお前に言っておけば、今回の件は防げたんだ」

「もー違うよ。プリントをあげたのも、勝手にお店予約したのもあたし。キミに向かってキレて、教授に怒られたのもあたしだから、槇島は悪くない。それにあたしの方こそ……全部キミのせいにしてごめんね」


 佐々木は照れくさそうにはにかんだ。

 元トップアイドルだしプライドの塊みたいに思っていたから、佐々木が素直に謝るのは意外だった。


「佐々木って、意外と素直なんだな」

「意外は余計だからっ。あたしはキミよりお姉さんだから潔いの」

「昨日は同じ大学1年だからタメ扱いしろとか言ってたくせに、都合よく年上アピールしやがって」

「何か言った?」

「……今日はもう、自主練やめるって言ったんだ」

「え……それってつまり!」


 佐々木は口元を手で押さえながら目をぱっちり開ける。


「気分転換に佐々木の行きたいところへ付き合うよ。もう予約しちゃってるんだろ?」

「うんっ。でも、自主練はいいの?」

「……実は、今週オーバーワーク気味で監督から自主練は止められてたんだ」

「オーバーワークなのに練習しようとしてたの?」

「……おう」

「キミって、昔のあたしみたい」


 佐々木は遠くを見つめながら、呟いた。

 佐々木……?


「誰だって上手くいかないことがあれば焦るよね。あたしもアイドルの時、センターになる前はずっと焦ってた。でもね槇島。練習量イコール結果じゃない。槇島は槇島のペースで頑張りなよ」


 佐々木はそう言って、俺からシューズバックを奪うと、前を走り出す。


「持ってあげるっ。さ、行こっ」


 トップアイドルとして誰よりも前を走っていたのに、なんで2軍に属する俺の気持ちに寄り添えるんだよ。

 俺は佐々木の隣に並んで歩き出す。


「槇島、ありがとね」

「佐々木……。そ、それより、今からどこに行くんだ?」

「行きつけのカフェ!」

「か、かふぇ?」


「うん! カップルじゃないと頼めない、映えパンケーキがあるの!」


「…………」


 俺はジト目で佐々木を見る。


「ど、どしたの槇島?」

「お前、最初からそれが目的だったんだろ」

「そ、そんなこと、ないよ〜」

「図星かっ」


 俺は佐々木からシューズバックを取り返すと、グラウンドの方を向く。


「やっぱ自主練に行くか」

「待ってよ槇島ー!」


 ✳︎✳︎


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星野星野

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