4話 元アイドルはお出かけしたい(講義中もイチャイチャ)
寝る前に、綺羅星絢音のことをネットで調べた。
——消えた天才
——国宝級と言われた令和を代表する美少女アイドル
——Genesistars総選挙で2年連続1位
佐々木、いや、綺羅星について調べれば調べるほど凄い肩書きが出てきた。
彼女は俺の想像を遥かに超えた世界の住人だということは、理解できた。
「ん、これは」
2年前に投稿されたGenesisstarsのライブ映像が動画サイトにあった。
『みんなー! もっと笑ってー! もっとー!』
『『『ウォォォォォ!!!』』』
ドーム球場の煌びやかなステージの上で、可憐な衣装を身に纏い、誰よりも眩しく笑う綺羅星絢音。
佐々木とは同一人物だと思えないくらい、甲高い声と明るい笑顔。
動画のコメント欄は綺羅星の引退を悲しむ声で溢れていた。
元国民的アイドルなんだから当たり前なのかもしれないが、綺羅星絢音ってこんなにも大勢の人に愛されたアイドルだったんだな。
俺、スゲェやつとお近づきになっちまったんだな。
「あーくっそー! サッカーに集中したいのに、佐々木のことばっか考えちまう!」
とにかく! 次の試合は、
アイドルの動画じゃなくて、サッカーの方を見ておかねーと!
「……そうだよ、佐々木のことは一旦置いておこう」
そう決心しながらも眠る寸前まで綺羅星の動画を見てしまう俺だった。
——翌朝。
朝の日差しが俺の顔を照らす。
やっべ、カーテン閉めるの忘れ——。
「……はっ! やべっ!」
目が覚めたら既に7時を回っていた。
今日は朝練が休みだが、1限から講義があるので、6時に起きて朝のランニングをする必要があったのだ。
「くっそ! 早く支度しねーと!」
大学の講義資料をコピーしないといけないから、もう行かないと1限に間に合わない!
俺は冷蔵庫にあった菓子パンを水で無理やり流し込むと、ワックスで無理やり寝癖を直してサッカー部のジャージを羽織ってマンションを出た。
「やっべ、鍵鍵!」
もちろん鍵も閉めて。
✳︎✳︎
6号館の3階にある教室へダッシュで向かう。
1限の講義ということもあり、意外と人が少ないから遅刻すると悪目立ちするんだよな。
階段を駆け上り、なんとかチャイムと同時に教室に入った俺は1番後ろの席に座った。
ま、まま、間に合った……。
安堵していたら教授が入ってきて、出席カードの番号を黒板に書いて行った。
「本日は映像資料を使いながら解説を加えていく。じゃあ、本日のレジュメ出して」
プリ……ント?
そう、俺はあることを忘れていたのだ。
レジュメコピーすんの忘れた……。
「やっべぇよ……」
その時。隣から3枚のプリントが俺の目の前に差し出される。
「おはよ」
ミディアムショートの髪と、黒マスクにメガネ、それにこの香水の匂いは——。
「お前、もしかして佐々木なのか?」
「おいおい昨日の今日で忘れんなっ。あんな衝撃的な出会いをしておいて、たった9時間で忘れるとか。キミって鶏なの?」
「…………」
「なんか言えし!」
昨日佐々木のあんなにキラキラした姿を映像で見たせいか、あの綺羅星絢音が隣にいると意識してしまい、緊張しちまう!
佐々木はナチュラルに俺の隣に座ると、先ほど置いたプリントをさらにこちらへ差し出してくる。
「ほらプリントあげる。困ってたんでしょ?」
「ぬ、なんで分かった?」
「だって一人だけペンケースしか出してなかったら、察するでしょ流石に。あはは」
佐々木は腹を抱えて笑う。
「わ、笑うなよ」
「ごめんごめん。あたしはこのタブレットでどうにかなるから」
佐々木はトートバックからタブレット端末とタブレット用のペンを取り出して机に置いた。
「でも、これは佐々木のプリントだし」
「遠慮しない! 困った時はお互い様でしょ? 昨日はキミがあたしに逃げる口実をくれたんだから、今度はあたしがキミを助ける番。こんな紙切れ3枚くらい、大したことないし」
「……わ、分かった。ありがたくいただくよ。さんきゅな、
「佐々木っ」
「さ、佐々木っ」
佐々木はメガネの奥から鋭い眼差しを向けて注意した。
講義が淡々と進む中、佐々木はタブレットのペンで俺の肩をツンツンしてくる。
「この講義終わったらサッカーの練習?」
「練習は午後からだが」
「ふーん、じゃあ」
「でもこの講義終わったら自主練に行くつもりだ」
「へ、へぇ……」
「……」
「……」
「おい、何か用があったんじゃ」
「ちょ、ちょっと待って」
佐々木は何やらスマホを必死にいじり始めた。
「まさかお前……俺に確認取らずどっかの店を既に予約とか」
「してないし! な、なーに勘違いしてんだ! ばーかばーか!」
「子どもかよ」
「うっさいな! こちとらキミより年上だっての!」
「うるさいのはお前らだが」
俺と佐々木は背筋を凍らせる。
きょ、教授……。
「学生証を出せ」
✳︎✳︎
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