2話 元人気アイドルが合コンで余り物扱いされてたから俺が持って帰る 02


 合コンは大学近くのカラオケ付きレンタルスペースでやっているらしく、一度シャワーで汗を流すためにも自分のマンションに戻ることにした。

 大学から徒歩8分の場所にある築20年のマンションの1室に部屋に帰って来て、シャワーを浴び、着替え終わったら阿崎に借りた黒地のジャケットを羽織って部屋を出る。


「うーっ。ちょっと寒いな」


 春先の東京はまだ冷たい風が吹き抜ける。

 さっきはボールを蹴っていたから身体が温まっていたが、シャワーを浴びた後の俺の身体は寒さに耐えられず、俺は道中のコンビニでカイロを買って、上着のポケットに手を突っ込んだ。


「ん? なんだこれ」


 突っ込んだその手が掴んだのは……ゴム状のアレと、一枚の紙。


「あのエロガキ……なんでこんなもん入れてんだよ」


 そう言いながらも、俺はそのブツを財布の中にしまった。

(まぁ? そういう展開になるかもしないからな)


「そんで、一緒に入ってたこの紙は?」


 何重にも折り畳まれたメモ紙を開いていくと何やら文字のようなものが見えてきた。


『親友の槇島へ』


 これ、俺宛ての手紙だったのか⁈


『槇島、お前にはミッションがある。この合コンではお前以外の男たちは狙っている女子の前に座るようにする。だから、ターゲットのいないお前は余った席の前に座って、目の前の余った女子を、お持ち帰りしてくれ! 親友の阿崎』


 スマートフォンが普及した現代で、なぜわざわざ手紙なのか理解に苦しむな。

 俺は歩きながらその手紙を何度か見返す。

 要するに……自分たちには狙ってる女がいるから俺は余った子と仲良くやれって事か?

 阿崎の奴いくらなんでも都合が良すぎるっ。

 人数合わせで参加してやるだけでもありがたいと思って欲しいのに余り物の女の子を持ち帰れだと?


「ふざけんじゃ——っ」


 怒りに任せて手紙を破ろうとした時、たまたま反対側にも文字があることに気がつく。


『——もし、ミッションを達成したら報酬がある。報酬は、お前が欲しがっていた数万円の新作スパイク、それと新品のストッキング5セット、さらに東京フロンティア第3節の試合チケットSS席2枚(その女の子と行け!)計6万円だ。俺は本気だ、頼むぞ槇島!』


 阿崎お前……。


 くぅぅぅ、俺は最高の友人を持ったぜ!


「スパイクぅぅぅ!」


 新しいスパイクが欲しかった俺にとってこのミッションは最高の条件すぎる。

 合コン(という名のバイトみたいなもの)を1回こなすだけで6万円分の商品が手に入るとか、最高すぎるだろ!


 テンションが上がりきった俺はルンルンで会場に向かった。

 大学から5分の場所にあるレンタルスペースの1室に到着。

 部屋の中から笑い声が聞こえる。

 もう盛り上がってるみたいだな。


「失礼しまーす」

「槇島〜遅いぞ」

「すまんすまん」


 俺は阿崎にウインクしながら入ってくる。

 阿崎の方も、俺が例の手紙を読んだのを感じ取ったのか、ウインクを返してきた。


『よく来たな槇島!』

『おうおう来てやったぜ相棒っ。さっさとスパイク寄越せ』


 レンタルスペースの中にはサッカー部の男子たち3人と女子4人。

 長テーブルを挟んで男女で楽しげに会話していたようだが、俺が入ってくると、女子たちの目線が俺に集まる。


「えっと、槇島祐太郎です。こいつらと同じサッカー部で」

「槇島くんよろー」

「ねーねー、槇島くんも座ってー!」


 気の強そうなストレートヘアの女子とショートボブのゆるふわ女子に促され、俺は男子組の1番端の席に座った。


「藍原、槇島くん来たよ。良かったね」

「ちょっとゆーこ、やめて」


 俺の右斜め前に座るサイドアップの藍原という女子。

 彼女が阿崎の狙ってる子だな。

 確かに他の子に比べるとダントツで顔が可愛いな。


 ——だが、そんなことどうでもいい。


 俺に取っては目の前に座る女子がスパイクにしか見えない。

 新作のめっちゃ軽くてフィットするスパイク。

 この前店で試し履きはしたが手を出せなかったあのスパイク、欲しいぃぃ。


「じゃあさ、メシが届くまで1対1で話すことにしね? 最初に誰と話すのかはアプリのルーレットで決めるか」


 阿崎の提案にみんなが「うぇーい」と答え、ルーレットが回った。


 ✳︎✳︎


 1対1の会話は部屋を目一杯使って、各々離れた場所で話した。

 一通り話し終わったらまだ話し足りないと思った子と自由に話すことになっている。


 俺は最初にゆるふわ女子と、次に気の強い女子が回って来たので自己紹介を交えて色々話した。


 どっちも今時の女子大生って感じで、ゆるふわの高野さんはSNSでファッション系の動画を上げてるらしく、フォロワーが10万人以上いるらしい。

 気の強い五十嵐さんは陸上部らしく、小中高と全国大会で連続優勝してるくらいの有望株だとか。


 そして、五十嵐さんの後に回ってきたのは、藍原。


「えっと……藍原あいはらゆずです。槇島くん、だよね」

「お、おう」


 藍原はやけにパチクリと瞬きをして、一度も目を合わせてくれない。

 まだ喋ったことないのに、俺、なんかしちゃったか?


「この前Bチームの試合、たまたま観たの」

「それって俺がトラップミスして、カウンターで決められたやつだよね? いやぁカッコ悪りぃよな、俺」

「そんなことないよ! あれはFWの槇島くんがポストプレーで慣れない中盤まで降りてたから敵のボランチの激しいプレス食らってロストしちゃっただけで、あそこは槇島くんというより、チーム全体が引き気味に」

「えっと、藍原?」

「……っ!」


 熱心に弁解してくれていた藍原は、俺が声をかけると我に返ったようにハッとして、赤面した。


「わたし、サッカー好きで!」

「へぇ、好きなチームは?」

「東フロ!」

「まじで⁈ 俺、地方出身なんだけど東京フロンティアのファンでさ!」


 お、おっと、いかんいかん。

 サッカーになるとつい話込んでしまう。

 この子は阿崎が狙ってるんだもんな、ここは阿崎のためにFWらしくポストプレーでアシストしてやんないと。


「そ、それなら阿崎とお似合いなんじゃないか? 阿崎のやつさ、ああ見えてサッカー偏差値高いし、来年にはAチームのスタメンになるだろうって、コーチが」

「そう、だね……はは」


 藍原は乾いた笑いを浮かべながらジュースを手に取る。


 もしかしてこの子、阿崎のこと嫌いなのか?

 でも阿崎の野郎にアシストしてやんないと、俺はスパイクが手に入らないかもしれないしなぁ。


「次は阿崎だろ? あいつ、チャラチャラしてっけどほんとはめっちゃいいヤツで!」

「……うん」

「藍原と気が合うと思」


 その時だった。

 俺と藍原の間に伸びてきた肌白の手。


「藍原さん。もう終わったから来たんだけど……」


 女子グループの最後の一人。

 俺の前に座っていた、赤いカチューシャをしたメガネの女子。黒いマスクをして、表情が全く読めない。


「ご、ごめんなさい、佐々木ちゃん」


 藍原はペコリと会釈して、「また、お話しできたら来るね」と残して阿崎の方へ行った。

 阿崎、俺はできる限りのことはしてやった。あとは頑張れよ。


「……ねぇキミの名前は?」


 先ほど藍原との会話を遮ってきた女子が俺に名前を聞いてくる。


「俺は、槇島祐太郎」

「ふーん」


 今までの子とは少し違って、やけにミステリアスな雰囲気があり、ウェーブのかかったミディアムショートの髪と細い眉が特徴的。

 背丈は160cmくらいで、不健康なほどに真っ白な肌と、やけに細身な身体。足も棒切れみたいに細く、踏まれたら折れてしまいそうなくらい。


「あたしは佐々木絢音ささき あやね


 佐々木絢音さん、ね。

 他3人とはかなり違う印象だ。

 着ている服も落ち着いた色合いで、ブランドモノのバックやイヤリングをしていることからお金持ち? なんだろうと分かる。


「さ、佐々木は、周りの子とちょっと違う感じだけど、なんで合コンに?」

「あたしは人数合わせで、仕方なく」

「人数合わせ⁈ まじかっ、実は俺も人数合わせで来たんだけどさ」


「……嘘だ」


 佐々木は目を逸らしながらボソッと呟く。


「は? 嘘はついて」

「でも私以外の女子3人がここに来るときにキミのことばっかり話してたんだけど?」


 俺のこと……?

 それって、一体全体どういうことだ?

 状況が理解できずポカンとしていると、佐々木は「なるほど」と呟いた。


「察するに、キミは餌にされたんじゃない?」

「え、餌?」

「私以外の女の子たちを呼ぶための餌よ」

「……餌っ⁈」


 そうかっ! 俺が無理矢理、合コンのメンバーに入れられたのも、俺が部屋に入ってきた時の女子グループの反応も。

 全部……そう考えれば合点がいく。


「阿崎の野郎! やっぱあいつ、相棒でもなんでもねぇ、親友を餌にするなんてクズじゃねーか!」

「怒ってるの?」

「当たり前だ! あいつは俺をダシにしたんだぞ!」

「ふーん……。なら、そんなキミに一つ提案があるんだけど?」

「て、提案?」


「あたしはさっさとここから抜け出したい。あなたも餌にされたから同意見。なら、利害は一致してる」


「それってつまり、俺たち二人で抜け出す……ってことか?」

「そう。それと……あなたにだけは見せてあげる」

「見せるって……何を?」


 言った瞬間、佐々木はメガネを外し、マスクも外してジュースを飲み干す。


 唇の左下にある小さなホクロ……。

 それにちょっとSっ気のある吊り目……。


 この顔……どこかで。


「分からないの?」


 ……っっ!

 3年前、こたつの中でみかんの皮を剥きながらテレビを見ていた時の記憶が蘇る。


「お、おおおお、お前、まさか、キラ」

「シッ! さぁ行くよ、槇島っ」


 完全に思い出した。


 彼女は佐々木絢音じゃない。


 彼女は3年前、俺が高校1年の時に高校サッカー選手権の公式宣伝マネージャーをやっていた、アイドルの……!


 佐々木はマスクとメガネを付け直すと、俺の手を取り、五十嵐の元へ向かう。


「五十嵐さーん! あたし、槇島くんと意気投合しちゃったから抜けるね」

「え、ちょっと佐々木ちゃん待って! 槇島くんは」

「おう槇島! 抜けてもOKだぜ!」


 女子たちはそれを聞いて急に不満げな顔をした。

 阿崎と他2人の男たちは(アホなので)ウインクで俺を送り出してくれた。


 阿崎、お前が俺を騙してやったことは、レッドカードと3試合の出場停止くらいの大罪だが、今回はVAR(佐々木絢音)のおかげで史上最高のキラーパスに変わったぜ。


 だってよ、数合わせで来たこいつは……。


 俺と佐々木は手を繋ぎながら走って外まで抜け出す。


「ふぅー! ほんとに抜け出しちゃったね、槇島くん」

「おう……」


 そのまま歩いて大学の前にある河川敷の草むらに並んで座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る