1話 元人気アイドルが合コンで余り物扱いされてたから俺が持って帰る 01


 ——私立高東大学しりつこうとうだいがく

 日本の私立大学では最難関とされる偏差値と、最高級のネームバリューを持つ名門大学。

 数多くの学者を輩出しただけでなく、日本を代表するスポーツエリートも何人も生み出してきた。

 そんな文武両道のエリートが集まる高東大学に、今年の春から通っている俺の名前は槇島祐太郎まきしま ゆうたろう

 高校の3年間をサッカーに注いでしまった俺が勉強で高東に受かる訳もなく、サッカーのスポーツ推薦入試に合格することでこの高東大に入学した。(つまり頭は普通に悪い)


「おい1年! さっさとランニング終わらせろ!」

「「「はいっ!」」」


 高東大サッカー部は、大学リーグ2連覇中の強豪で、毎日かなりハードな練習をしている。

 まだ碌にボールすら触らせてもらえない俺たち1年生は、夕方を過ぎてもひたすらグラウンドを往復させられていた。


 ダッシュ開始から1時間が経った頃、やっと終了のホイッスルが吹かれ、1年生全員がその場に倒れ込んだ。

 すっかり日も暮れて、クタクタになりながらフィールドの中央で大の字になって寝転がっていると、誰かが覗き込んでくる。


「生きてますかぁー?」


 スクイズボトルを持って現れたのは、チームメイトで同じ1年の阿崎清一あざき せいいち

 チャラチャラとした天パーの髪型が特徴的な、俺と同じスポーツ推薦のバカ。


「……絶賛死んでまーす」

「ほお、死んでるのかぁ。じゃあ水をかけられても怒らないな?」


 阿崎は蓋の空いたスクイズボトルを逆さにして、俺の顔面に水をぶっかけた。

 滝のように注がれた水が、一気に俺の鼻と口に侵入してきて、同時に俺はむせ返る。


「ごほぉっごほぁっ! おまっ! ふざけんな阿崎!」


 半ギレで俺が追いかけ回すと、阿崎は自慢の足で俺の追走を振り切る。


「まぁまぁ、そう怒んなって」

「くっそ、あれだけ走ったのになんでそんな元気なんだよ」

「そりゃあ元気に決まってる。だってこの後——」


 阿崎がウインクしながらスマホの画面を寝転ぶ俺の方に向ける。

 そこには阿崎と誰かのチャットが映し出されていた。

 女子と阿崎が何かを計画するような会話を繰り返しており、「合コン」というワードが頻繁に見受けられた。


「伊沢ゼミに『藍原』って子いるだろ」

「あぁ……前にお前が可愛いって言ってた?」

「そうそう! この前、伊沢ゼミの女子に頼んで藍原さんが参加する合コンを組んでもらったんだよ!」


 興奮気味の阿崎は、俺の胸ぐらを掴んでブンブン揺らしながら自慢してくる。


「凄いだろ!」

「ふーん」

「そんで! その合コンは今日の20時から!」

「へぇー」

「……お前、なんで興味ないフリしてんだ? 藍原さんのボンっキュッボンっボディを見たら誰でも下半身にテントが」

「んなことより、その合コンは20時からなんだろ? さっさと帰れよ」


 シッシッと言いながら手で追い払うと、阿崎は「ムフフ」と気持ちの悪い笑みをこぼした。


「槇島ぁ、お前も行くんだよー」

「……は、はぁ⁈」

「女子4人なんだけど、男子側の人数が合わなかったから勝手にお前を入れといた」

「ふっざけんな! おい!」


 キレた俺が阿崎に掴みかかると、阿崎は華麗にそれをかわしてスクイズを投げてくる。

 そのスクイズを両手でキャッチした時には、阿崎は手を振って逃げていた。


「お前もいい加減女を抱いてみろー! サッカーボールばっか追いかけてたらヤることもヤれずに死んじまうぞー」

「うるせっ!」


 阿崎は得意の下ネタを捨て台詞に、スキップでグラウンドを後にした。

 あいつは女性経験豊富なのを自慢しながら、俺を煽ってくるのでいつも腹が立つ。

 その割に女子たちの前では経験豊富な雰囲気を出さないところが、さらにウザい。


「さ、合コンは無視して、自主練するか」


 俺が自主練するために立ち上がると、阿崎が駆け足で戻ってくる。


「槇島ー! ひとつ言い忘れてた」

「なんだよ、合コンなら行かな」

「ファッションに無頓着なお前のためにジャケット1着持ってきてやったから」

「ジャケット? 余計なお世話だ」

「はぁ? 余計なお世話って、お前いつもジャージじゃねーか! それに部活のない日の講義だって、田舎のヤンキーみたいな服装で来るし!」

「べ、別にいいじゃねーか!」


 ……い、言い返せねぇ。

 男子校出身でこれまでサッカーしかやって来なかった俺にファッションセンスがあるとは言えない。

 高校時代も寮住みで彼女とかも居なかったし、身だしなみに気をつけたことなんて無かったのだ。


「合コンはな、就職面接と同じだと思え。女の子に自分の商品価値をアピールするんだよ」

「チッ、さっきから偉そうに……」

「とにかく! ジャケットはお前のロッカーに掛けておいたから、自主練なんてさっさと終わらせて、指定した店来いよー」


 最後にそう言って、阿崎は先に上がっていった。

 合コン……か。

 俺は足元に転がっていたサッカーボールを見つめる。

 サッカー以外に俺の心の拠り所なんて、ないんだけどな。


 俺を含めた数名の1年生は、消灯時間ギリギリまでボールを蹴っていた。


 ✳︎✳︎

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