第17話  優しさと同情、でも

「吉川さん。本当に私のことを愛してくれるんですか」と私は吉川さんに尋ねたことがあります。

全くその質問は愚かな質問であったけれど、私はそう聞かざる終えなくなっていました。

むろんそんな風に言って、「ゴメン」なんて言うわけもなく、その時は本当に愛することを誓ったとしたって、それが永遠かどうか分かりません。

淳のお父さんは言いました。

私が、ああなった淳を本当に愛し続けることが出来るのか不安だと。

もし愛せなくなるくらいなら、初めから結婚などしてくれない方がいいと。

途中で離れることは、初めから一緒にいなかったことより何倍も辛い。

吉川さんだってもしかしたら、私に同情しているだけかもしれない。

それなら私は淳と生きていく方が何倍もいい。

「愛せるよ」即座に答えた吉川さんの言葉には、迷いがあるようには思えませんでした。

私は全く考えずに即答する場合は、必ず疑う癖がついています。

でも吉川さんの言葉は、信じたくなりました。

「今はそうかもしれない。でも将来は。これでも愛せますか」と言って、私は自分の袖をまくりました。

そこには大きな傷跡がまっすぐに伸びていました。

複雑骨折をして肉を突き抜けた傷跡は、まるで大きな火傷の跡のように生々しく、その骨をまっすぐに矯正するために私の腕はぱっくり開かれ鉄棒を埋め込まれました。

そして、微調整と抜き取りで、三回も切り開き、その度に縫いました。

「私にはこういう傷が体中に幾つもあります。傷だらけの縫いぐるみを抱けますか」

いつから私はそんなことが言えるようになったのだろうと思いました。

そんな露骨なことが・・。

私は言っている自分に驚いていました。

「ゴメンね、僕はアッちゃんの体が好きになったんじゃないんだ。淳君のことを考えながら。自分に正直に生きようとする。でも、自分のモラルに縛られる、そんな中で悩み苦しんでいるアッちゃんが、ひどく愛おしい。守ってあげたい。その苦しみを取り払ってあげたい。でも同情なんかじゃない。君が好きだから、好きな人が苦しんでいるのは見ていられないから。だから」

「だから」と私は気の抜けたように答えました。

「だから結婚して欲しいんだ・・・・・。

イヤ、嘘だ、君のためなんかじゃない。僕があっちゃんと結婚したいんだ。アッちゃんが誰を好きかなんて関係ない。僕がアッちゃんのことを好きなんだ」

なんて優しいんだろうと思いました。

きっと私に対する同情の気持ちが、吉川さんの中にあったことは否定できないと思います。

でも吉川さんは、それを私に感じさせないように、自分が結婚したいんだと言ってくれました。

そんな優しさがどうにも心にしみました。

私はこの人に身をゆだねてみようと思いました。

もしその後に、私を捨てるようなことがあってもこの人なら許してあげよう。


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