第15話 あなたは家族ではない
事故後、八ヶ月を過ぎて、淳が退院出来ました。
私の倍の入院期間でした。
私は、家族だけの全快祝いに呼ばれました。
名目は、淳と私の全快を祝うというものでした。
でもそれは、全く違うものでした。
初めのうちは和やかで淳もとても明るくて、私はなんだかとても嬉しかったのを覚えています。
ずいぶん経ってから、淳のお父さんが、急に真面目な顔になって、私の顔を見つめました。
「ところで淳子さん」
「はいっ」と顔を向けると、今までの明るい雰囲気は消し飛んでいました。
淳だけが妙に明るい。
「淳のことはもう忘れてください」
私は言っている意味が理解出来ませんでした。
淳を忘れる。
いったいそれはどういうことだろう。
「淳はもうご覧の通りです。元に戻ればと期待もしていましたが、どうやらこの程度が限界らしい。これ以上、淳に付き合っていると、あなたの人生が狂う。」
「別にそんなことは」と私は小さく答えた。
あまりに重いその雰囲気に私は飲まれていました。
心の中で淳を見捨てるなんて出来ないのに、それを明確に外に出すことが出来ませんでした。
「淳は、あんなになってしまった。自業自得とはいえ、あんな淳が私たちはかわいそうで仕方がない。最大限の同情をしている。替われるものなら替わりたい。でもその思いは、家族だから持っていいんです。あなたは同情しないでください。あなたは家族ではない、他人だ」
家族ではない、他人という言葉に、私はひどいショックを受けました。
でも、そう言われても仕方がないと思っていました。
淳のお母さんは、淳の下の世話から全ての汚い物までも見て、淳を愛している。
では私は、そういう物を見ないように見ないようにしていました。
それを見てしまうと、ただでさえ危うい淳を愛するという気持ちが、消えてしまうようで恐かったから。
でも悲しかった。
本当に悲しいと感情が外に出ない。
私は淳のお父さんの顔を見つめながら、知らず知らずのうちに大粒な涙が出ていました。
「私はもう淳に会いに来てはいけないんですか」私はすがるように尋ねた。
淳のお父さんは歯を食いしばり、辛そうに頷いた。
「淳は私をかばってくれたんです。今の私があるのは淳のおかげなんです。それなのに私は淳に何もしてあげられない。出来るものなら淳と結婚して、ずっと淳の面倒を見て生きていきたい。」
私の言葉に嘘はありませんでした。
確かに私は淳と結婚してもいいと思っていたし、私自身にも、たとえ淳がどうなっても、淳のことを愛していると言い聞かせました。
「ありがとう。でも今はそう考えるかもしれない。でもいつかは絶対に淳が重荷になる日がくる。そのときの淳が、私はかわいそうだ。だから今の一抹の同情だけで、淳の面倒を見るなんて言わないでください」
そのいつかは、私が淳を見捨てると思われていること、同情と言う言葉は、ひどく悲しかったけど、それに対して心の底から反発出来なかったのは、どこかに迷いがあったからかも知れません。
どこかで私は淳を愛せなくなっているのかもしれない。
そんなことは私自身認めたくないのに。
淳のお父さんからそう言われると、身内の気迫か自分の心の奥底にある嫌な面を見てしまうようでした。
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