第14話 愛すること以外なら、何でもしてあげる
吉川さんとの付き合いは、初めから違っていました。
淳のときは本当に自然発生的でした。
付き合うことになんの打算も、これからの関係も存在していませんでした。
でも吉川さんとは、初めから結婚が前提でした。
淳と出かけるときは、確かに自分を良く見せようという意識はあったけれど、服装は可愛い物というのがポイントでした。
でも吉川さんとは、綺麗に見える服装がポイントです。
それは単に私が年を取ったからでは無かったと思います。
就職が出来なかったことは、大したことではない。
ただ面接で、興味本位なことを聞かれたのは少しだけ嫌でした。
落とされることより、無責任な同情や、好奇の目の方が私を苦しめました。
全然気にはならないという顔をしていても、心の奥底にそんな嫌な思いがたまっていきました。
それを吉川さんといると感じなくていい、吉川さんの優しさに包まれると、いかに自分が知らず知らずのうちに傷つき、心が荒んでいったか分かる思いがしました。
でも、淳はまだあのときのままでした。
頭がはっきりしてきたぶん、より子どもに近くなった淳は、かつての淳とは似ても似つかない状態で、それはきっと淳だって嫌だろうと思います。
私だけが、そんな心地のいい優しさに包まれてしまっていいのだろうか。
「僕とのデートは退屈ですか」
と私は吉川さんから尋ねられました。
デートのイベントも三つ目です。
映画を見て、食事をして、軽くお酒を飲んで、よほど私はひどい顔をしていたらしい。
「そう見えました?」
「見えました」と吉川さんは笑いながら言います。
「ごめんなさい、楽しいんです。楽しいから余計に、自分だけこんなに幸せになっていいかと思ってしまうんです」
「僕は、無理に忘れろとは言いません。そうやって人のことを思いやっているあなたは、とても素敵だ。ちょっと焼けるけれど」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃないんです。ただ忘れられないんです。あの人は現在も生きている。そして辛い目にあっているのに」
すると吉川さんは、黙って私のことを優しげに見つめてくれました。
一番初めのデートからこんな調子でした。
だから吉川さんは私の事を断るだろうと思っていました。
自分とデートをしているのに、他の男のことを考えているような女なんて、誰が好きになるか。
でも吉川さんは断りませんでした。
いったいそれがどういうことなのか私には理解出来ませんでした。
事故から三年が経っていました。
淳が退院してから。私は淳に会っていません。
いえ、会えなくなくなった。
でも淳の事を忘れたことは一日だって無い。
いえ、忘れられない。
淳は私にとって大いなる十字架です。
決して私はその背負った物を下ろすことが出来ない。
いえ、下ろしたくもありませんでした。
私が覚えていなかったら、誰が淳を思い続けるというのでしょう。
吉川さんは、そんな十字架を背負った私を、横から見つめています。
そしてよろめきそうになると、支えてくれます。
でも、淳という十字架を下ろせとは決して言いません。
私が下ろしたくないことを知っているから。
何て優しいんだろう。
私は、私の全てで、吉川さんを愛せたらどんなに良いだろうと思いました。
でも、今の私にはそれが出来ない。
だから私は吉川さんのためだったら、私の全てで、吉川さんを愛すること以外だったら、何でもしてあげようと思いました。
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