第13話 死ぬより辛いこと
淳は私のことが分かる。
それがどういう意味で分かっているのかは、分かりません。
淳の精気を失った目には、私はどういう風に映っているのだろうと思います。
私を恋人として認識しているのだろうか。
それともただ、頻繁に来てくれる人という程度なんだろうか、でも少なくとも私が行くと淳は笑います。
それがうれしくて私は淳のところに通っていくようなものでした。
「淳」と話しかけると淳はうれしそうに私の方を向く、それが私に対して好意をもっているのか、ただ反応として向いているのか、私には分かりません。
でも私は出来るだけ淳の見たくないところは見ないように心がけました。
淳がどうなっても、私は淳のことが愛せると思っていました。
たとえ死んだとしても。
だから本当に淳を愛するなら淳の全てを見て、その上で愛するのが筋だという事も分かっているつもりです。
でも今の淳の現実を見てしまうと、私は淳を愛せるかどうか、分からなくなります。
もしかしたら私は淳を愛せなくなるかも知れない。
そんな恐怖が私の中にありました。
死ぬことは、最も不幸なことだと私は思っていました。
でも、それより辛いことがある。
それは、子どもに戻ってしまった淳の姿を見ることです。
淳は私にとって、全てのお手本でした。
私は淳に寄り掛かり、淳に守ってもらおうとしていたし、淳の全てを吸収したいとも思っていました。
だから淳は、私より上にいなければなりませんでした。
その淳が子どもに戻った姿を見ることは、私にとって淳が死んでしまうより辛いことでした。
でもそんな淳を愛して初めて、私は淳のことを本当に愛していることになると、自分を納得させてもいました。
今こそ私の淳への愛を試されていると私は思いました。
だから私は、よりいっそう淳を愛そうと心に誓った。
それは決して淳が私をかばってくれたからではないと思います。
私は淳を愛している。
だからたとえ淳がどんな姿になっても、私は淳を愛する。
「淳、愛しているよ」私は車椅子に座ってテレビを見ている淳に話しかけます。
淳はテレビを見ているのに、それを邪魔されて、少し機嫌が悪い。
「淳、愛しているよ」と私はもう一度言います。
淳はいったい何を言われているのか分からない様子で、私の顔を見つめます。
「愛しているよ」私は膝をついて淳の膝に手をあてて、淳を上目遣いに見つめました。
触った膝が不自然なところで無くなっている。
淳は足を失っている。
知っていたはずなのに、自分の手にそれが触れて、私は悲しくなりました。
それは、淳が愛していると言っても、答えてくれないことではありませんでした。
ただ淳が足を失ってしまったことが悲しかった。
私のこぼれた涙を、淳が不思議そうに眺めています。
でもそのうちに淳は自分の指でそれを拭ってくれました。
そのときの淳の顔はいつものようなニヤニヤとした顔ではなくて、明確な意志を持った顔でした。
私は淳が元に戻ったと思いました。
確かにその優しい目はあの淳そのものだったはずでした。
でもすぐに淳は、いつものニヤついた顔になってしまいました。
「愛しているの淳」と言っても淳はニヤニヤと私の顔を見つめるばかり。
「愛している。愛している。愛している。」
まるで、網で水をすくっているようでした。
愛という言葉も水のように淳という網からこぼれ落ちていきます。
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