第11話  吉川さんの優しさ

吉川さんと出会ったのは五回目のお見合いでした。

大学を卒業して二年が経っていました。

両親は私を早く結婚させようとしていました。

私は治ったとはいえ、駆け足は出来ないし、左腕も肩より上には上がりませんでした。

腕も筋が一、二本ずつ切れているので字は、小学生並みだし、普通に話せばどうということはないけれど、良く聞くと呂律が回っていないときがある。

両親はこんなんで就職なんて出来るのかと思ったらしく、就職ではなく、結婚した方が良いのではと思ったらしい。

もっとも私に言わせれば、結婚の方がより難しいのではと思っていました。

少なくとも私の体を見れば大抵の男の人は尻込みします

私の体は大きな手術を何度もしているので、ツギハギだらけです。

乳首は再生したけれど、本物ではないし、体の傷は、女の子だから、出来るだけ傷が残らないようになんて配慮をする、余裕もなかったようで、普通に縫ったあとが体中に走っています。

だから大学を卒業すると私は次から次へと、お見合いをさせられました。

でも芳しくありません、まあその時は私にも原因の一端はありました。

案の定就職も出来ませんでした。

よくよく面接をすれば私が、呂律が回っていないことは分かるし、ちょっと気を抜くと足を引きずってしまう。

障害者という枠でならいくらでもあったけれど、そこまで私はひどくないという思いもありました。

断られ続ける私を見て、父が見るに見かねて無理に就職なんてするなと言いました。

結局私は家事手伝いということになって、家にいるようになりました。

そして卒業すると次から次へとお見合いをするようになりました。

でもやはり結婚も難しい。

次から次に断られるお見合いに、両親は本当に焦っていました。

断られれば断られるほど私の心が傷ついてゆくと思っていたようです。

でも私は結構平気でした。

淳のことを考えると、私だけが幸せにはなれないと思っていました。

おそらく淳はこれからも結婚は出来ないでしょう。

お見合いを断られれば断られるほど、何だか淳への罪滅ぼしをしているようでした。

傷つくことによって、私も淳と同じように苦しんでいるのよ、と自分を納得させていました。

淳の両親からすれば自分たちの息子が運転していて起きた事故だから。

相当に責任を感じているようでした。

さすがにうちの両親も淳と淳の両親を責めるようなことは言わなかったけれど、きっと心の中では良くは思っていなかったと思います。

むろん私より淳の方がより深刻だったこともあって、うちからは淳の家に恨み言のようなことは言いませんでした。


お見合いの時、私は自分の身の上を全て話します。

さすがに継ぎはぎだらけになった自分の体を見せることはなかったけれど、状況は話します。

そして言葉のこと、腕のこと、走れないこと、その上で断りやすい状況を作ってあげる。

同情で結婚してもらうなんてまっぴらでした。

「わたしは体が効かない事もあります。普通の方のようなお世話が出来ない事もあります。どうか同情とかで結婚しないでください。それでは困るというのであれば、遠慮なく断ってもらって結構です」

お見合いで二人きりになったとき、私はこの言葉を必ず言いました。

大抵こう言うと、体がきかないと言うより、そんな気の強い女はイヤだと思うのか、ほぼ確実に断ってきました。

決して私はこんな強気な発言は出来ないはずでした。

でも淳のことを思うと私の中で何かが変わったのかも知れません。

吉川さんとのお見合いでも同じ事を言いました。

すると吉川さんは静かにこう返してきました。

「あなたがそのことで引け目を感じて、結婚を尻込みしているなら、あなたの方から断ってください。

そして、そもそも僕なんかと付き合えるか、というなら、それも断ってください。

もし世話人の方、ご両親の手前それが出来ないのなら。

僕の方から断ります。

でももし、僕が結婚相手でも良いと言うなら、僕はあなたと少し付き合ってみたい。

出来ればその上で決めたい。

そんな体が効かないとか、大きな事故に遭ったとか、そんな事で断りたくない」

今にして思えば、それが優しいというのか疑問ではありますが、そのときの私はいつもと違う状態に戸惑いながらも、何か大きな優しさを感じていました。

事故後のそんな思いを味わったのは初めての事でした。



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