第7話 私は順調に回復、でも淳は
私の回復は目を見張る物がありました。
そのおかげで、三ヶ月で本格的なリハビリを始められたのですが。
若かったということもあると思います。
脳卒中で倒れた、おじいさんや、おばあさんをしり目に、日ごとに私の体は動いていきました。
言葉の方もすぐに戻りました。
ただ早口言葉が言えなくなりました。
普通にしゃべるくらいは全く問題ない、でも早口言葉が出来ないくらいだから、口げんかとカラオケが出来なくなりました。
口げんかは思ったとおり言葉が出せない。
同じ理由で、歌を歌うと、ひどい音痴になってしまう。
つまり私は、女優と歌手にはなれないということになりました。
良くそういうことを言うと周りの人は笑ってくれました。
自分の怪我のことを茶化すのはちょっと辛かったけれど、怪我が大したことないんだと自分に言い聞かせるのはちょうど良かったんです。
お風呂は週にいっぺんです。
まだ私は起き上がるくらいはできるけど、お風呂に入ることは出来なくて、寝たままお風呂に入れてもらいました。
でも首だけは上がるので、その時になって自分の体をしみじみ見ると、それはツギハギだらけになった自分の姿でした。
右の乳首が無くなっています。
股には大きな生傷、左の肋骨が折れていたようで気持ちへこんでいるような気がします。
「あのー、私の乳首は」
「もっと良くなったら、形成外科で再生してもらうのね。大丈夫よ、すぐよくなるわよ」
両親はおろか、看護師さんまで私が生きているだけで奇跡というというくらいだから体の傷や、乳首が無くなったことなど、うでもいいくらいにしか考えていません。
これで私はヌードモデルの道も閉ざされたことになります。
リハビリは、初めこそ車椅子を母に押して貰いましたが、それ以降は大体リハビリをかねて、一人で向かいました。
おかげで一人で淳に会いに行くことが出来るようになりました。
初めてリハビリ病棟へ向かうときは、淳に再会したとは言えません。
淳を見た。
そんな感じでした。
だから、私は、一人で淳に会いに行くと母に宣言しました。
これから会いに行こうという時になって、母は私に何があっても驚くなと言いました。
でも私は淳が生きていて、テレビを見ていたくらいだから、たとえ何があってもたじろぎはしないと思いました。
だって生きているなら何も怖いことはない。
私は始めに淳に何を言おうかと考えました。
唯一の心配事は、淳が私をこんな目に合わせたことに負い目を感じて、私に会ってくれないのではということ。
だからあの時、淳は急に私が現れて対処が出来なくて、無視するような態度をとったのではないか。
でもそんなこと考えても仕方がないので、期待だけを持つことにしました。
「久しぶり」と言って、お互いが生きていることを確かめ合う。
二人とも死んでしまったことだって大いにありうる、いえ、その可能性の方が遙かに高かった。
ちょぅと運が良くて、どちらかが助かる。
それが二人とも生きている。
そのことの方が奇跡でした。
私は生死を乗り越えたロマンチックな再会を想像して、そのことに酔っていました。
一人で車椅子を動かして淳の開け放たれた病室の入り口から中に入りました。
後ろから声を掛けて驚かしてやろう、といういたずら心がわいて、そっと中に入りました。
淳は右足がありませんでした。
それ以外はいたって元気でした。
体の外傷は私よりはるかに軽く、まるで淳の方が一方的に私の帰りを待っていたかのようにさえ感じられました。
でもただ一つだけ致命的な違いがありました。
「淳」と私は私に背を向けてテレビを見ている淳に声を掛けました。
淳の後ろ姿はひどく姿勢がよく、淳とは思えないくらいでした。
だって淳は姿勢が悪く、いつだって「そのうち内臓を悪くするよ」と私は冗談半分で言っていたのでした。
私に声をかけられた淳は私に気付いた。
というよりその声に反応したかのように、ゆっくり車椅子のまま振り返りました。
不思議と淳が生きていたという感動はありませんでした。
きっと淳の無事はずっと前から知っていたからと思います。
むしろやっと会うことが出来たことの方が嬉しかった。
「淳」と声をかけて私は振り返った淳に近寄りました。
でも淳の表情は変わりません。
まるで私のことなど忘れてしまったかのように。
「淳」と私はもう一度呼びかけました。
でも淳の目に私は映っていませんでした。
後で聞いた話では、淳は頭を強く打っていたそうです。
それは私の比ではありません、何年か前だったら確実に死んでいたくらい。
ここでも奇跡が起きていました。
でもかなりの脳細胞が破壊されてしまい、現在の淳の知能はないに等しい。
状態は三歳程度だということです。
私は、そんな淳に対していったいどう対処していいか分かりませでした。
状態を理解するにも時間がかかってしまいました。
固まってしまった私に淳が笑いかけました。
でもそれは恋人に笑いかける物ではなく、小さな子供が意味もなく大人に笑いかける、
そんなほほ笑みでした。
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