第6話  リハビリ

 リハビリ病棟というのは普通の病棟とは性格を異にします。

まず条件があり、ある程度自分のことは自分で出来なくてはならない。

リハビリをすることによって体が動くようになる見込みがあるなど。

私の場合はほとんど問題なく、すぐに移転が決まりましたが、この条件を満たさない人も多くいます。

脳系の病気は治療期間が意外と短いので、たとえば脳梗塞などは二週間で完治してしまいます。

体が動かないのは脳梗塞が原因で起こるのではなく、脳梗塞によって死んでしまった脳細胞のせいで引き起こされます。

特に私の入院した病院というのは高度医療を目的とする公立病院でしたので、大きくて綺麗ではありましたが、普通の病院でも大丈夫と判断されると、転院させられてしまう病院でした。

私がいる間にリハビリ病棟に移ることが出来なくて、転院していった人が何人もいました。


 リハビリ病棟に移ってさらに一カ月の入院と言われました。

移ったと言っても、リハビリ病棟専用のベッドはあまりないので、結局今までいた病棟から通うような感じでした。

いったい、いつになったら家に帰れるのやら、と思いましたが、他の人たちのことを考えると、私はそうとう良い方で回りを見渡せば寝たきりの状態になっている人とか、いくつもの管に繋がって意識がない人とかが結構いました。

少なくとも私は快方に向かっている。

もっとも母に言わせれば、私はそういう人たちよりも、もっとひどい状態で、一番ひどそうなおばあちゃんの倍くらいの管と機械につながっていたという。

複雑骨折をしている足は肉を突き抜けていたから、足がパンパンに腫れて、その腫れが引かないとどうにもならない。

その後、まず骨を元に戻すために足には重りをつけられて、引っ張られていたし、意識不明の重体なので心電図や脳波をとるための電極、栄養剤の点滴に薬の点滴、尿用の管とありとあらゆる物がつながっていたそうです。

のちに私の主治医の先生が、全治した私にこんなことを言いました。

「実は運び込まれたとき、もう生きていないと思ったよ。とりあえずできる限りのことはしたけれど正直ご両親が到着するまで持つかきわどいところだった。僕の中では治療というより延命に近いものがあってね、ご両親には最悪諦めてくださいと言ったけれど、これは最悪諦めてくださいではなく、十中八九諦めてくださいと言うことだったんだ。拾った命なんだから、大事にするんだよ」

まったく好き勝手なことを言ってくれたもので、デリカシーのかけらもないと思ったけれど、それほど私の状態はひどかったということです。


 車椅子に乗って連れてこられたリハビリ病棟は、今まで私がいた病棟に比べると、雰囲気から違っていました。

みんな病気自体は治って、後は体を動かすために入院している人たちです。

ここはリハビリの専門の病院ではないので、私同様、みんなそれぞれの病棟からリハビリのために、通って来ます。

私はまだ重傷患者用の病棟でしたので、車椅子で通いました。


リハビリ病棟に通うため私は、割と病院の中を移動します。

渡り廊下を通るため、一つ上のフロアーを通ります。

フロアーが違っても同じ病院なので、ナースステーションの位置とか病室のレイアウトは同じでナースステーションの横にICUがあります。

母に車椅子を押されて、何気なしにその中を見ると一人の若い男性が車いすに座ってテレビを見ていました。

頭を短く刈り込んで微動だにしない。

淳だと私は思いました。

私は母を見上げました。

すると母が車椅子を止めてくれたので、私は「淳」と呼びかけました。

呼んだつもりだったけれど、私は言語障害が出ていて、うまく言葉になりませんでした。

でもその声は男性に届いた。

男性が振り向きました。

頭を刈りこんでイメージはちょっと違っていたけれど、紛れもない淳でした。

でも私の顔を見ても淳は何の反応もしてくれない。

無視するとかではなく、まるで私のことなど知らないかのように。

すると私の車椅子を押していた母が、すぐに淳の病室の前を通り過ぎようとします。

私は小さな子供のように、母の足をポンポン叩くと、振り返りながら母を見上げました。

母はどういうわけかひどくこわばった顔をしていました。

怒っているようにも思えました。

母は淳を憎んでいるのではと思いました。

確かに娘をこんな目に遭わせた張本人ですから、無理もありません。

でもそのときの私は、淳が元気そうだったことが、涙が出るほどうれしかったことをおぼえています。

ただ一つ気になったのは、淳が私のことに気付いてくれなかったこと。


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