第4話  あの日

あの運命の日、淳は私をかばってくれました。

再会すぐのころ淳は。

「世界中が お前の敵に回ったとしても、俺だけはお前の味方に付いてやる。

と言ってくれました。

「ふーん、じゃ安心だ」私は何気なく答えたものでした。

淳はその約束を守ってくれたのでした。

あの日、私たちは、ディズニーランドの帰りの湾岸を走っていました。

年甲斐もなく二人してお揃いのミッキーの帽子をかぶって、楽しかったね、と目と目で言い合う私たちにとって、前の車のわずかの蛇行など、気になりませんでした。

決して車間を詰めていた訳でもなく、でも前の車がスピンをして、淳が急ブレーキをかけても、止まれる状態ではありませんでした。

それは車の運転など、ほとんどしたことのない私にもわかるくらいでした。

もうぶつかると思ったとき、淳が私の前に覆いかぶさりました。

後で警察の人に、そんなことは不可能だと言われました。

でもレスキューに助け出されたとき、私と淳は抱き合っていたらしい。

死ぬと思ったのはあれが最初でした。

もう自分は死ぬんだと思いました。

事実、私はそれから一週間眠りつづけました。

私にとっては眠っているという感じでしたが、両親は大変で、実際初めのうち、私のことはあきらめてくださいと言われたらしい。

何時死んでもおかしくない状態は三日続き、その次はこのまま眠り続けるのでは、という状態が四日続きました。

私は命を拾ったに等しい。

私の頭は衝撃によるくも膜下出血を起こし、右鎖骨と左腕、左大腿骨を骨折して全身打撲をしていました。

運が良かったのは内臓に致命的はダメージが無かったこと、くも膜下出血が思ったほどひどくなかったこと。

淳は右足を失い、私よりひどく頭を打っていました。

頭に関しては私とは比べ物にならないくらいひどかった。

詳しくは分かりませんが、淳が私に覆いかぶさったことで、私は軽傷で済んだのかも知れません。

軽傷と言っても、死ななかったというだけで、怪我自体は決して軽いものではありませんでしたが。



 目が覚めても私の頭はぼんやりとして、その状況を理解することが出来ませんでした。

でもそんなぼんやりした頭の中でも、淳のことだけは気になりました。

淳は生きているのか。

生きていたとしても、私同様、淳も絶対安静で一歩もベッドを動くことが出来なかっただろうし、私も意識が戻ったとはいえ、軽い言語障害にも陥っていたから淳のことを聞くことも出来ませんでした。

でも私はぼんやりと淳に助けてもらった、という思いがあったので、淳のことだけはひどく気になりました。

夢の中の出来事と言うのは、それがいくら非現実的なことであっても、まるで自分が現実に感じているかのようなリアリティがあります。

そのころ私の頭はぼんやりしていたので、淳が私に覆い被さって助けてくれたことを現実のように感じ、淳への想いが鮮烈に私の中を駆け巡っていました。


目が覚めてからが本当の闘病生活でした。

体の各所の骨折のため、私は体を切り刻まれました。

特に大腿骨の骨折は深刻で、いったん患部を切り開いて、鉄の棒を入れて、まっすぐに矯正して、よくなったところで、もう一度切り開いて、その鉄棒を抜くという、素人の私から見ると、めまいがしそうな治療をしていました。

私がそんな治療で苦しんでいるのに、両親はひどく明るく、何の心配もないかのようにノー天気でした。

父と母は私のことはあきらめてくれと言われていたので、命が助かり、このまま治療を続ければ、ほぼ元どおりになりる、と聞かされたことにより、すべての心配事から解放されたような晴れ晴れとした顔をしていました。

確かに私が眠っていた一週間は大変で、いつ死んでもおかしくない三日間、父と母は一睡もせず、無数の機械や管に接続された私の手を握りしめて、淳子、淳子、と呼び続けていたらしいのです。

何だか私一人が痛い注射や、ギブスで身動きできない状態で、ベッドに固定されていなければなりませんでした。

「おかーさん痛い」と言っても私は言語障害が出ていて、うまく言えませんでしたが、さすがに母親だけあって聞き取れたと見えて。

「我慢しなさい」とあっさり言われてしまいます。

そうなんです、自分で痛いと言えるのは、まだ全然良い方なのです。

私が目覚めたとき父と母は半狂乱でした。

母は泣き崩れ、父は泣きながら、

「先生、先生。淳子が、淳子が目を覚ましました」と叫びながら、ナースステーションに走って行ったそうです。


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